93人が本棚に入れています
本棚に追加
「自分が、何してるかわかってんの」
「こうでもしないと、大人しく俺の話なんて聞いてくれないだろ?」
渉は、拘束バンドを取り出して、太一の両手両足をぐるぐると縛っていく。ソファに横倒しで寝かされながら、どうやって抜け出そうかを必死で考えていた。
下のホールで流れる音楽が変わった。一気に歓声が充満する。
・・・ショーが始まったんだ。
円加さんはトップバッターから始まり、三回衣装を変えてステージに登場すると言っていた。
・・・ごめん、円加さん。見てあげられないかもしれない。
太一は歯を食いしばる。
「僕たちの間で、もう話すことなんかないでしょ」
「だから、勝手に終わらせんなっつってんだよ。いつ別れていいなんて言ったよ」
渉が、手にナイフを握りながら、据わった目をして淡々と口を開く。
「まだ俺らは恋人同士なんだよ。それなのに、太一は円加と浮気してる。許されると思ってんの?」
「浮気って・・・ちゃんと付き合ってるんだよ」
「なら別れろ、今すぐ」
「・・・嫌だって言ったら?」
渉が舌打ちをした。
「なあ太一。お前は俺が好きだろ?お前のしてほしいこと、何だってしてやるよ。言ってみろ」
「じゃあ僕と別れて。これをほどいて」
「それはできない。俺はお前が好きだから」
だめだ、話が全く前に進まない。一体どうしたら。
「僕は・・・渉が好きだったよ。でも今はもう、僕の気持ちは全部円加さんのところにある。やり直すのは無理だ」
「どうすればいい?どうすればまた好きになってもらえる?」
「・・・頼むから、僕のことは諦めてよ」
「嫌だっつってんだろ!!!」
渉の口元がわなわなと震え、瞳には涙が光っていた。通じ合えない苛立ちに、太一の方が叫びたい気分だった。
「・・・俺、知ってんだよ」
「何を」
一層低く響く声で渉が呟く。不穏に口元が引き結ばれた。
「合宿の夜、お前、円加に抱かれたろ」
太一は黙った。心臓が尋常じゃないくらいに早鐘を打っている。手足が冷え、かすかに震えた。
「・・・知ってたの」
「ああ。見てたからな」
渉は歯をギリギリと軋ませる。握られたナイフが不気味に揺れ動く。太一の視界に、反射した光がチラついた。
「千紗を部屋まで送った後、同期に頼んで見張っててもらったんだ。俺はすぐに太一の部屋に戻った。太一に謝ろうと思ったから!なのに、お前は!!!」
言葉が出なかった。渉がボロボロと泣いている。
「すげえ気持ち良さそうにしてたよなあ?太一があんな風に喘ぐなんて、俺知らなかったよ」
「渉・・・ごめん僕、気づかなくて」
渉が急にゲラゲラと笑いだした。真っ赤に充血した目が細められ、目尻から雫が伝い続ける。
「しょうがねえよ。太一、円加以外見えてなかったみたいだから。・・・なあ」
渉はゆらりと立ち上がり、真上から太一を見下ろす。ゾッとして、歯がカタカタと震えた。
「お前が円加に惚れたのは、あいつに抱かれたからだろ?・・・じゃなかったら、あんな簡単に心変わりするはずがないもんな」
「な、に、いって」
渉は太一の髪を乱暴に掴むと、そのまま顔を抑えつけ、太一の唇をべろりと舐めた。全身が鳥肌で覆われる。
「体の相性って大事だもんな。だったらさあ、俺とも試さないといけないだろ」
「ざけんなっ!離せ!!!」
「それで気持ち良かったら、太一はまた俺を好きになるよな?」
体から一気に血の気が引いていく。渉が再び笑顔を見せた。かつて見慣れた、あの無邪気な微笑みだった。
最初のコメントを投稿しよう!