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「びっくりしたよ。ゲイクラブなのに、なんでいるんだろうって」
円加さんは少しの間黙って、やがて観念したように口を開いた。
「まあ、俺が頼んだからな」
「頼んだ?って、何を」
「渉を尾けるようにだよ」
はあ、とため息をつくと、円加さんはジト目で太一を見た。
「あんなに未練がましく泣いてすがってた奴が、すっぱりと別れ話を受け入れるわけねえからな。絶対しつこく食い下がってくるはずだと思って、千紗に見張らせてたんだよ」
・・・全然知らなかった。
「案の定、お前ストーキングされてたじゃねえか。いくら聞いても俺に何も言わねえし」
「渉のこと、気づいてたんだ」
「伊達に修羅場経験してきてねえよ。・・・ったく、早く言ってくれれば、すっぱり縁を切らせてやったのに」
しれっと言う円加さん。太一は黙った。逆にそっちの方が怖いと思うのは気のせいだろうか。
「こんなに誰かに振り回されたのは、初めてだ」
太一の頭をわしゃわしゃと撫で、むすっとした顔で見つめてくる。そんな顔されたら、堪らない気持ちになるじゃないか。
「言っておくけど僕の方が、円加さんに振り回されっぱなしだよ」
円加さんの腕を掴み、太一は舌を出した。クスリと声を漏らすと、円加さんは緩慢な動作で髪をかきあげる。
「俺と付き合ってんだから仕方ないな。諦めて、これからも振り回されろ」
先ほどの荒んだような瞳には、強い光が戻っていた。窓の外が少しずつ明るくなり始めている。朝日を背に浴び、片頬を不敵に吊り上げた円加さんは、これ以上ないほどに神々しくて、誰よりも美しかった。
ーENDー
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