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渉はいつもの爽やかな笑みを浮かべる。
「あんた、すげえ美形だなあ!俺、咎瀬渉。ちなみに、そいつの恋人ね」
あ。
横目で円加さんを見ると、意味深に笑っていた。
「恋人、ね。ならあんたもゲイなんだ」
「あんたもってことは、円加も?」
円加さんがフランクに肯定する。途端、女の子たちが残念そうな声をあげた。
へえ、そうなんだ。まあ抵抗なさそうだなとは思っていたけれど。
・・・それよりも。
恋人、という言葉に敏感に反応したのは、きっと僕とこの女の子だけだっただろう。チリチリ、と見えない火花が散った気がした。
「ねえ渉。早くしないと、お昼の時間なくなっちゃうよ?」
渉の腕を一層強く抱きしめて、甘えた声を出す。
「おい千紗、離せって」
離せと言いながら、渉はまんざらでもなさそうだった。千紗と呼ばれた女の子は、だってお腹空いたんだもんと頬をふくらませた。
ひどくイライラする。渉にベタベタと触る女にも、女に好きにさせている渉にも。
・・・こんなものを見せられても何も言えない自分にも。
「おいあんた。ちょっと距離近くない?そいつは太一の恋人なんだろ」
円加さんが怪訝そうな顔をする。ただ当たり前のことを言っただけだ。たったそれだけのことだけれど、太一は涙が出そうになった。
「ああ、いいのいいの。関係ないの。俺と太一の気持ちはそんなんじゃ揺るがないから」
渉が誇らしげに言う。あの爽やかな笑みを浮かべて。円加さんはますます意味がわからない、といった顔をした。
_____
「さっきの何だったの」
円加さんは、どうも腑に落ちない様子でカレーを食べていた。円加さんお気に入りの店というのはインドカレー屋で、なるほどたしかに本格的なスパイスが香る絶品の味だった。
太一は、もうどうにでもなれという気持ちで洗いざらいを話す。
「あの千紗って子はさ、渉と寝てんの」
円加さんはひたすらカレーを食べ続けていたけれど、ちゃんと耳を傾けてくれているようだった。太一と渉が付き合い出した時のこと。渉に体の関係は持てないと言われたこと。渉が他の女と寝ていると知って、ケンカした時のこと。
渉の首筋に見つけたキスマークは、太一に気づかせるためだけに千紗がつけたものだった。
あれだけ大きなケンカをした日の夜も、渉と千紗はホテルで抱き合っていた。太一が血を流しながら知らない男に初めてを捧げた夜、千紗から動画が届いたのだ。それ以外メッセージは特になく、再生してみると、渉と千紗が激しく求めあっている姿だった。千紗を犯しながら、渉は何度も可愛いと繰り返した。千紗がうわ言のように、渉に好きと呟くと、渉が俺もだよ、と言って千紗にキスをしていた。動画を見終えた太一は、胃の中のものを全て吐き出した。苦しくて苦しくて、それでも渉を嫌いになれない自分が惨めだった。
別れようと思ったけれど、千紗の勝ち誇る顔が目に浮かんで、どうしても思い切れなかった。
カレーを食べ終えた円加さんは、ひどく機嫌が悪そうにため息をついた。
「それってさ、10人に相談したら10人とも別れろって言うやつだよな」
そんなことはわかっている。けれど、泣いて縋られた時のことを思い出すと、どうしても渉を諦められなかった。
「俺も別に、お綺麗な恋愛してきたわけじゃないし、火遊びすんのもバレなきゃいいんじゃねってタイプだけど。それでもあんたらの関係、キモいと思うわ」
円加さんは呆れていた。
「俺はさ、渉みたいなキレイぶった偽善者がすっげえ嫌いなんだよね。それに、渉みたいなやつに縋って惨めな生き方しかできないあんたみたいな奴、一番嫌い」
切れ味の鋭いナイフのように、太一の心に突き刺さる。ぎゅっと拳を握りしめた。
「わかってるよ。でもさ、僕は初めて人を中身で好きになれたんだよ。この気持ちを大事にしたいんだ」
「そういうのを偽善者ぶるっていうんだよ。もっと正直になれよ。わざわざ苦しむ方を選ぶなんて、バカらしい」
円加さんが伝票を持って席を立つ。慌てて太一も財布を取り出したけれど、めんどくさそうに手で制された。
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