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午後の講義を終えると、太一は友人たちと講義室に居残ってだらだらと話をしていた。この後みんなで飲みに行こうとなり、どの居酒屋にするかを決めているところだった。
友人の一人がクーポンを持っていると知り、その店へ予約の電話を入れる。帰り支度をしていると、スマホにメッセージが届いた。
『どこにいる?話があるんだけど』
送り主を見て、気が滅入る。友人たちに、先に店に行っていてと伝えた。
『4号館のXX教室にいるからきて』
『わかった』
そっけないやり取り。それだけなのに、ひどく疲れる。しばらく待っていると、講義室のドアが開いた。無表情の千紗が入ってきた。
「話って何。この後用事あるから、早く済ませて」
「言われなくても、長話なんてする気ないから。ほら、あなたも入ってきて」
そうドアから顔を出して千紗が言うと、奥から円加さんが現れた。不機嫌な表情を隠そうともしていない。
なに、この組み合わせは。
どんな話をされるのか想像できず、体が警戒した。
「4月からの新歓合宿、参加希望出してないの、あなただけなんだよね。来るの?来ないの?」
そういえば、しきりに返事の催促が来ていたことを思い出した。
「ああ、あれね」
正直言うと、全く参加したくなかった。太一が入っているのは、ただ集まって騒ぐだけのオールラウンドサークル。ヤリサーで有名だった。渉が入りたいと言ったから、渋々太一もついていっただけの。
去年の合宿では、渉と千紗、それに複数名の新入生が飲み会の途中で消えて、そのまま朝まで戻ってこなかった。今年も、どうせ似たようなもんだと思う。
「参加するよ。渉が行くなら」
千紗が舌打ちをした。心配しなくても、今更あんたらのセックスを邪魔する気はねえよ。僕のいないところで堂々とイチャつかせる気もねえけどな。
「あんたさあ、虚しくないの?渉は優しいからあんたを気遣ってるみたいだけどさ、恋人として見られていないってわかるでしょ。いい加減別れなよ」
「そっちこそ、ただのセフレの分際でなに彼女ヅラしてんだよ」
感情が波打つ。イライラして、頭に血が上っていく。コントロールが利かない。
「ベッドん中でしか渉に向き合ってもらえねえくせに、虚しいのはどっちだよ」
「あんたなんて、そのベッドにも呼ばれないんじゃない。それってただの友達と何が違うのよ!」
心がぐしゃっと叩き潰されたように思った。ズキズキと、潰れたところから血が流れていく。円加さんが壁にもたれ、軽蔑しきった表情でこちらを見ていた。
情けない。カレー屋で円加さんに伝えたことは、確かにすべて太一の綺麗事だった。好きな気持ちを大事にしたいとかいって、本当は醜く独占したいだけなのだ。円加さんは、そんな風に誰かに執着することをムダだと思っているんだろう。
太一だって、こんなマイナスの感情でしか愛情を表現できないくらいなら、いっそ別の誰かを健全に好きになりたいと思う。
「・・・つうかさ、こんな話、円加さんには関係ねえだろ」
「あるわよ。円加くんはサークルのメンバーじゃないけど、合宿に参加してもらうことにしたの。転部してきたばかりだし、まだ学部に友達っていないだろうから、つながりを作ってあげようって」
「へえ。いいんじゃねえの。イケメンがいると、可愛い子が寄ってくるしな。渉のアイデアだろ」
太一は鼻で笑う。千紗が顔を歪め、円加さんを振り返った。
「ねえ。あんたもゲイなのよね。どう思う?太一と渉のこと。ゲイ同士の恋愛って、これが普通なの?」
そんなわけない。同性同士だってセックスはする。千紗だってそれはわかっているはずだ。わかっていて、円加さんに言わせたいんだ。抱かれないのは、太一が愛されていないからだと。
・・・太一に致命傷を与えるために。
円加さんは、あの冷ややかな眼差しで太一を見ていた。太一は、青ざめた顔で円加さんを見返す。
・・・やめて。言わないで。それを言われたら、僕はもうお終いだ。
「興味ねえんだよ。人の恋愛沙汰なんか」
円加さんは吐き捨てた。
「・・・そう」
千紗が、氷点下の声で呟く。参加希望は伝えておくから、とだけ言い残して、講義室から去っていった。
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