猫と綺羅星

9/44
前へ
/44ページ
次へ
**  午後の講義を終えると、太一は友人たちと講義室に居残ってだらだらと話をしていた。この後みんなで飲みに行こうとなり、どの居酒屋にするかを決めているところだった。  友人の一人がクーポンを持っていると知り、その店へ予約の電話を入れる。帰り支度をしていると、スマホにメッセージが届いた。 『どこにいる?話があるんだけど』  送り主を見て、気が滅入(めい)る。友人たちに、先に店に行っていてと伝えた。 『4号館のXX教室にいるからきて』 『わかった』  そっけないやり取り。それだけなのに、ひどく疲れる。しばらく待っていると、講義室のドアが開いた。無表情の千紗が入ってきた。 「話って何。この後用事あるから、早く済ませて」 「言われなくても、長話なんてする気ないから。ほら、あなたも入ってきて」  そうドアから顔を出して千紗が言うと、奥から円加さんが現れた。不機嫌(ふきげん)な表情を隠そうともしていない。  なに、この組み合わせは。  どんな話をされるのか想像できず、体が警戒した。 「4月からの新歓合宿、参加希望出してないの、あなただけなんだよね。来るの?来ないの?」  そういえば、しきりに返事の催促が来ていたことを思い出した。 「ああ、あれね」  正直言うと、全く参加したくなかった。太一が入っているのは、ただ集まって騒ぐだけのオールラウンドサークル。ヤリサーで有名だった。渉が入りたいと言ったから、渋々太一もついていっただけの。  去年の合宿では、渉と千紗、それに複数名の新入生が飲み会の途中で消えて、そのまま朝まで戻ってこなかった。今年も、どうせ似たようなもんだと思う。 「参加するよ。渉が行くなら」  千紗が舌打ちをした。心配しなくても、今更あんたらのセックスを邪魔する気はねえよ。僕のいないところで堂々とイチャつかせる気もねえけどな。 「あんたさあ、(むな)しくないの?渉は優しいからあんたを気遣ってるみたいだけどさ、恋人として見られていないってわかるでしょ。いい加減別れなよ」 「そっちこそ、ただのセフレの分際でなに彼女ヅラしてんだよ」  感情が波打つ。イライラして、頭に血が上っていく。コントロールが利かない。 「ベッドん中でしか渉に向き合ってもらえねえくせに、虚しいのはどっちだよ」 「あんたなんて、そのベッドにも呼ばれないんじゃない。それってただの友達と何が違うのよ!」  心がぐしゃっと叩き潰されたように思った。ズキズキと、潰れたところから血が流れていく。円加さんが壁にもたれ、軽蔑(けいべつ)しきった表情でこちらを見ていた。  情けない。カレー屋で円加さんに伝えたことは、確かにすべて太一の綺麗事だった。好きな気持ちを大事にしたいとかいって、本当は(みにく)く独占したいだけなのだ。円加さんは、そんな風に誰かに執着することをムダだと思っているんだろう。  太一だって、こんなマイナスの感情でしか愛情を表現できないくらいなら、いっそ別の誰かを健全に好きになりたいと思う。 「・・・つうかさ、こんな話、円加さんには関係ねえだろ」 「あるわよ。円加くんはサークルのメンバーじゃないけど、合宿に参加してもらうことにしたの。転部してきたばかりだし、まだ学部に友達っていないだろうから、つながりを作ってあげようって」 「へえ。いいんじゃねえの。イケメンがいると、可愛い子が寄ってくるしな。渉のアイデアだろ」  太一は鼻で笑う。千紗が顔を(ゆが)め、円加さんを振り返った。 「ねえ。あんたもゲイなのよね。どう思う?太一と渉のこと。ゲイ同士の恋愛って、これが普通なの?」  そんなわけない。同性同士だってセックスはする。千紗だってそれはわかっているはずだ。わかっていて、円加さんに言わせたいんだ。抱かれないのは、太一が愛されていないからだと。  ・・・太一に致命傷を与えるために。  円加さんは、あの冷ややかな眼差(まなざ)しで太一を見ていた。太一は、青ざめた顔で円加さんを見返す。  ・・・やめて。言わないで。それを言われたら、僕はもうお終いだ。 「興味ねえんだよ。人の恋愛沙汰なんか」  円加さんは吐き捨てた。 「・・・そう」  千紗が、氷点下の声で(つぶや)く。参加希望は伝えておくから、とだけ言い残して、講義室から去っていった。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加