5.うじ茶のように渋く甘くすっきりと

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 なんとか顔の痙攣を抑え込むと、それを見計らったかのように小野様は僕に向き直った。 「さてそれでは、私付きの特別補佐となった古森に早速指示を出す」 「あ、はい!」  僕に出来る仕事だろうか。少しだけソワソワとしながらも、僕はピシリと姿勢を正す。 「そなたにはこれから、現世にて研修を行なってもらう」  そういえば、そんな事を言われていたと思い出す。 「あの、現世でどのような研修をするのですか?」 「そなたはこの五日間で、気持ちを大切に出来る様になった。今回の研修では、それを魂に定着させてくるのだ」 「えっと……それは、どう言う……?」 「そなたには、これから現世時間経過で五拾の(よわい)となるまで、現世での生活を課すこととする!」  僕は小野様の言葉が瞬時に理解できなくて、しばしの間押し黙る。  (よわい)と言うのは、確か年齢を意味する言葉だったはず。つまり、次の研修は現世で五十歳になるまで生活しろってことか。  なるほど………… 「え゛っ?」 「なんだ?」  首を絞めたような疑問の声に、小野様は訝しげに反応する。  僕の胸はもう動いてはいないはずなのに、ドキドキと脈打っているような気がした。 「あの、つまりそれは……」  期待しすぎるなと自らを制しようとするが、なかなか胸の高まりは収まらない。僕はゴクリと喉を鳴らす。 「それは……もしかして、生き返ると言うことでしょうか?」  まさかとは思いながらも、震える声で小野様に確認する。 「厳密に言うと違うのだが、まぁ、そう解釈してかまわない」  小野様は、眼鏡のレンズをキラリと光らせ、とても真面目な顔で頷いた。 「ほ、本当ですか?」 「うむ」 「で、でも、なぜ? なぜ、僕が生き返ることになるのですか? 先ほど、特別補佐になったばかりなのに」  小野様は、これ見よがしに軽くため息を吐く。 「先ほど言ったではないか。自我の強いそなたでは、ここで研修を行うことは無理なのだ。思いが現世に縛られすぎている。未練を解消してこい。そのためにも研修先を現世としたのだ」 「未練ですか?」  不意に家族の顔が思い浮かぶ。 「今回、そなたは不慮の事故によりこちらへ来たわけだが、事故に遭わなければ天寿を全うするのは八拾の齢であったのだ」 「八十!! 僕、八十歳まで生きるはずだったのですか!?」  思わず声が高くなる。確か、平均寿命がそれくらいだと何かで読んだような気がするけれど、まさか自分に人並みに年を重ね続けていく未来があったとは、想像したことがなかった。
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