2.りんご色の風船に手を伸ばしたら

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2.りんご色の風船に手を伸ばしたら

 体がゆさゆさと揺れている。誰かに体を揺すられている。  そう感じた瞬間、僕の意識は僕の中に戻ってきた。  ボーッとする焦点が次第にクリアになり、まず視界に入ってきたのは、木目の板が規則的に張られた天井。  もそっと腕を動かすと、モフッとした感触が僕の腕を受け止める。顔を横に向けると黒ずんだ白イルカのぬいぐるみが可愛らしく口を開けながら僕の腕の重さに耐えていた。  木目の天井にも白イルカにも見覚えがある。僕は横たえていた体を起こし、ベッドに腰掛けるとゆっくりと周囲を見回してみた。  腰掛けているベッド、その脇にある机、本棚、向かいに置いてあるテレビ、クローゼット、窓に掛かっている黄ばんだカーテン。僕はそれらを知っている。 「どういうことだ? ここは僕の部屋だ」  疑問が口から零れ落ちた。  先ほどまで居た白い部屋も、あんず色の世界も、地獄行きの話も、あれらは全部夢だったのか。ここが僕の部屋ということは僕は生きているのか。  きっとそうだ。普通に生きているだけで地獄行きだなんて、そんな無茶な話があるものか。あれは夢だ。夢だ。夢だ。  僕は自然と天を仰いだ。心の底から安堵していた。その気持ちを大きなため息として吐き出す。  しかし、そんな安堵のため息はすぐにかき消された。聞き覚えのある間の抜けた大きな声によって。 「古森さん〜。大丈夫ですか〜? もしかして、転送酔いしちゃいました〜?」  ものすごく大きな声。その発信源は、僕の隣で僕と同じようにベッドに腰掛け、足をプラプラとさせていた。その姿は言葉とは裏腹に暢気そのものである。 「はぁ〜。やっぱり、夢じゃなかったのか……」  安堵した気持ちが一瞬で萎む。僕は気が抜けたように首を垂れた。隣に座る小鬼は僕の気も知らず無邪気そのものだ。 「どうしたんですか〜? 古森さん〜」 「……小鬼、だよな……?」 「そうですよ〜」 「僕が死んだっていう話は、実は夢、なんてことは?」 「もう〜。本当に何を言っているんですか〜。古森さんは、死んでますよ〜」 「はぁ〜。だよなぁ……」  ため息が出る。  僕は別に、死んでしまったことを悔いてはいなかった。寧ろ、生き難い世から離れられて、しかも、痛い思いも苦しい思いもせずに離れられてラッキーだと思っていたはずだ。  でも、やはり内心では生に未練があったのかもしれない。  自分の部屋へ戻ってきて、正直、心底安堵した。しかし、やはり死んでいるのだという事実を目の当たりにして落ち込んでいる。
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