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「古森さん、大丈夫ですかぁ?」
「あぁ、はい」
「では、行きましょう。アナタはこちらです〜」
「行くって何処へ? と言うか、キミは誰?」
人波から離れ全く何もない空き地のような場所を、プラカードを上下に揺らしながら横断し始めた男の子に向かって声をかける。しかし彼は、立ち止まることも振り向くこともなくズンズンと進んでいってしまう。仕方がないので、僕は慌てて後を追った。
歩幅は絶対的に僕の方が広いはずなのに、男の子の歩くスピードはとても早く、やっと追いついた時には僕は肩で息をしていた。
「キ、キミ……ハァ……歩くの……ハァ……早いね」
そんな僕を男の子はキョトンと見上げていたが、しばらくすると「あっ」と声を上げて、ペコリと頭を下げた。
「すみません〜。僕、つい、いつも通りに歩いてしまいました〜。あちらとこちらとでは、体感時間にズレがあるのに……」
あちらとこちら? 体感時間のズレ? この子は何を言っているのだろうか?
「ねぇ、あちらとこちらって、なんのこと?」
「あ! そうか、そこからか〜」
「えっと……?」
「やっぱり、まだまだ事務官さまのようにはできないなぁ〜」
男の子はほとんど僕の質問に答えることなく、頭を下げたままの態勢で独言ている。状況が全く呑み込めず、みっともなくポカンと口を開けて男の子を眺めていると、視線に気づいたのか、彼はハッとしたように僕を見上げて一瞬だけ見つめると、慌てて手に持っていたプラカードを地面に突き立てた。そして、何もない空間に向かって、まるでドアの鍵を開けるかのような仕草をしてからビシッと姿勢を正すと、絶対に使い慣れていないであろう事務的な口調で彼は僕に告げた。
「古森衛さん、あなたにはこの部屋でしばらくの間、待機してもら……していただきます」
「部屋?」
あんず色の何もない空間を見つめて僕が首を傾げていると、小さな男の子は僕の足元でまるで引き戸を開けるような仕草をした。すると、カラカラカラとレールの上を滑車が滑るような音がして、僕の目の前に広がるあんず色の何もない空間に、ポッカリと白い長方形の穴が出現した。
恐る恐る穴の中を覗くと、中は真っ白な壁で覆われた小部屋になっていた。ベッドや机、照明などが揃っていて、まるで格安のビジネスホテルの一室のようだ。見た感じでは特に怪しいものもない。いたって普通の部屋であることに少しだけ胸を撫でおろすと同時に疑問が頭に浮かぶ。一体ここは何処なのか?
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