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 四年も付き合った彼女とケンカしてフラれた。  しかも、別れ際に言われたセリフは「ハゲチビ男!」だ。  俺はハゲじゃない。まだ二十四だぞ。  そりゃ人より少しばかりデコが広いし、髪も細くて柔らかいから湿気ですぐペシャンコになるけどさ。  チビっていうのは否定しない。言われなくたって百五十四センチがチビなのはわかってる。なるべく厚底の靴を履いて百六十だって言い張るくらいには気にしてる。  でも、彼女は一度も俺をチビだなんて言ったことはなかったし、俺の前ではいつも(かかと)の低い靴を履いてくれていたのに。よりにもよってハゲにチビを足して罵倒(ばとう)されるだなんて、ただフラれただけよりツラすぎるだろ。  せめて誰かに慰めてもらいたくて、二十年の付き合いになるタケルに連絡した。が、あいつは忙しそうに「代わりの奴を寄こすから」と言って電話を切りやがった。代わりの奴ってなんだよ。お前はそれでも友人か。  そもそもタケルは薄情な野郎だ。俺が受験に失敗して暗い浪人生活を送っていた時も、大学でさっさとミスコングランプリと付き合ってキャンパスライフを謳歌(おうか)してやがった。就職もすぐに決まって、彼女とは婚約して……俺なんか、卒業ギリギリまで内定をもらえず、せっかく入った会社も合わなくて半年で辞めたし、再就職まで三ヶ月もかかったし、新しい仕事も好きになれなくて愚痴ばっかりだし、彼女にはフラれるし……  そんなことを考えていたら、心底惨めな気持ちになった。ひとりアパートの部屋でじっとしているのに耐えられなくて、海を見に来てしまった。  別に海が好きってわけでもないんだけど。人が居なくてぼんやりできる所ならどこでも良かった。港は歩いても行ける距離だったし。  海は汚くて空もどんより曇っていたけど、逆にこんな場所のほうが今の気分にしっくりきて良いように感じる。さすがに真冬の海は寒いけどさ。  俺がコートのポケットに手を入れてぼーっと遠くの波を眺めていたら、背後から急に声を掛けられた。 「はじめまして、そばにいるねこです」 「は?」
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