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俺が笑いかけると、そばにいるねこは黙ってこちらを見つめ返した。気の利いた返事とかできないのかよ。ま、仕方ないか。そばにいるねこはそばに居るのが仕事なんだもんな。
「そろそろ家に帰るか。当然、お前も付いて来るんだろ?」
「ねこはあなたのそばにいます」
「うん。じゃあ、一緒に帰ろうぜ」
俺が海に背を向けて歩き出すと、そばにいるねこも文字通りぴったりくっついて来た。硬いロボのくせに、歩く振動でボディがぶつかって痛いということもない。さすが、そばにいるのを専門としているだけはあるな。
妙に感心していると、ポケットの中のスマホが鳴った。電話だ。液晶に表示された名前を見て、俺は大いに慌てた。俺をハゲチビ男となじって去っていった、元カノのナツである。
「うわっ、なんだ、どうしよ!」
動揺のあまり、中身が残ったままの缶コーヒーを落っことしそうになる。それに気を取られた瞬間、スマホを持った手の親指が画面をスライドしてしまっていた。通話、オン。
「も、もしもし……」
繋がってしまったのなら、話さないわけにはいかない。なんの心の準備もできないまま恐る恐るスマホを耳に当てると、ナツの遠慮がちな声が聞こえてきた。
『良かった、出てくれて……。このあいだはごめんね。あのね、私、ユウヤが嫌いになったんじゃないよ。まだ、私の話を聞いてくれる気、ある?』
俺は一も二もなく頷いた。頷いても相手には見えないんだけど。とにかく彼女が戻ってきてくれるのなら、なんでもいいから聞きたかったんだ。
潮風がビュービュー吹きつけるなか、電波の向こうにいるナツの言葉に必死に耳を傾けた。そのあいだ、そばにいるねこは黙って俺の背後に立ったまま、冬の冷たい風をその身に受けていた。
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