完璧ヒーロージャスティスマン!

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「で、なんでそう思うようになったんですか。」  私たちは人目がつかない廃倉庫に移動し、適当なコンクリートブロックに腰掛けていた。彼は先程の豪快さとは打って変わり、静かな様子でポツポツと話し始めた。 「初めは良かったんだ。強くなればなるほど、怪人を倒せば倒すほど、みんなが褒め称えてくれた。戦ったあとに返り血とかを拭いてくれたりもした。」  彼は少し俯き、哀しそうに笑いながら続けた。 「肉体改造を何回したときかはわからないが、市民が次第に私を避けるようになっていた。以前はサインを欲しがった子も、私の姿を見て泣き出すようになった。」  そりゃそうだ。私は彼の姿を改めて見て思う。彼はそんな私を気にもせず続ける。 「それでも人の為に動いていればいつか理解してもらえると信じていた。この身体を醜くし続けていって、気が付いときには俺は怪人たちよりも化物みたいな見た目になっていた。」  彼は地面を見つつ「バカだよな。」とつぶやいた。 「そんなときにあいつに出会った。」 「あいつ?」  やけに重苦しい話題だったので、ただ聞くだけにして早く終わらせようと思っていたが、思わず聞き返してしまった。 「あぁ、この姿になって初めてできた友人だ。…怪人だったがな。」 「へぇ…。その友人はいまどちらに?」 「殺したよ。」  彼は目をキュッと細めて短く言い捨てた。あまりに冷たく、そして悲しい口調に何も言えずにいると、彼はこちらに尋ねてきた。 「お前は『ヒーローが市民の声援を力に巨悪を倒す』というような状況を見聞きしたことがあるか?」 「えぇ、まぁ。聞いたことは。よくある話ですよね。」  彼がなぜそんな話をするのか掴みきれないまま、とりあえず答える。彼はまた地面を見つめて話し始める。 「そう。よくある話だ。だがな、あんなのは幻想だ。現実はもっと醜く、残酷だった。」 「…と言うと?」 「あいつと仲良くしているところを市民たちに見つかった。俺は市民にあいつに害がないことを説明したが、市民たちは聞く耳を持たず『ヒーローならそいつを殺せ』と言ってきた。」  彼は頭を両手で抱えた。身体が少し震えている。 「市民たちは何度も『頑張れ』と俺に声援を送ってきてくれた。それは夢にまで見ていたシチュエーションのはずだった。でも違う!あれは脅迫だ。『ここで殺さなければ、お前はヒーローではなくなる。』そんな風にしか俺には聞こえなかった。」  彼の声に湿り気が帯び始めた。 「わかっている。友人ならそんな状況でも守りぬくべきだと。しかし私はそれができなかった。ヒーローでなくなることに、そして市民から拒絶される恐怖に負けてしまった。」 「で、友人を殺してしまった、と。」  彼は無言でうなずいた。 「あいつは殺される最期の瞬間まで、俺に微笑みかけていた。俺と自分の立場も、俺の気持ちも全て受け入れたくれているようだった。俺は、そんなあいつを、殺してしまった!」  ずっと自責の念に耐えていたのだろう。そう言って彼は声をあげて泣いた。  一刻も早く帰りたかったが、流石にそれは言い出しにくかった。 「あいつはいつも俺に言っていた。」  少し落ち着いた頃、彼はポツリと言った。 「『人の為に動くのはいいことだ。でも、自分の心を人の為と言って偽ってはいけない』と。」  彼は自分の身体を撫でながら続ける。 「きっとあいつは俺に無理するなと言ってくれていたのだろう。しかしそのとき俺はあいつの言葉もそんなに気にかけてはいなかった。どんなに姿が変わっても、心が変わらなければそれでいいと思っていた。」  彼はゆっくりと廃工場の天井に視線を移す。 「あいつを殺したとき、その心さえもいつの間にか変わってしまっていたことに気付いた。恐怖に負け、友人に手をかけてしまった自分自身が信じられなくなった。人の為と言って自分の心に嘘をつき続けた結果、俺自身が本来の自分がどういうものだったのかわからなくなってしまった。俺は知らず知らずのうちに心身ともに化物になってしまっていたんだ。」 「ひとつ頼みがあるんだ。」  彼が私をまっすぐに見て言い出した。定時から1時間が過ぎている。一刻も早く帰りたかったので、目を合わせずに少しぶっきらぼうに返事する。 「なんですか?この世界の侵略をやめてほしいとかですか?」  そう言いながら色々考える。どうやっても彼には敵わないし、正直に言うならばこんな面倒くさい奴がいる現場で仕事をしたくない。明日から侵略場所の新規開拓とマーケティングを…。 「俺を殺してくれ。」  あれこれ考えていたからこそ、その言葉は脳に深く突き刺さった。思わず彼の方へ振り返る。彼は穏やかに微笑みながらそこに立っていた。 「あなたはなにを言っているのですか。」 「俺はもう限界なんだ。友人を殺し、自分自身がどういう存在だったのかもわからなくなった。しかしヒーローの責務だけは求められている。これがどんなに辛いことか、お前ならわかってくれるはずだ。」  私は彼の目をじっと見つめる。力のこもった目。もう覚悟を決めちゃった面倒くさい人間がする目だ。  彼の気持ちが理解できない訳ではなかった。それに彼を倒せば、この現場は我が社のものとなり、かなり業績に良い影響を与えるだろう。ノーリスク・ハイリターンの好条件だ。しかし― 「お断りします。」  業務時間外での殺しはコンプライアンス違反だ。ブラック企業認定されて経営が苦しいのに、さらに悪評を増やしたくはない。  私の返事を聞いて、彼はがっかりしたように肩を落とした。そんな彼に私は付け加えた。 「ところで、誰かさんのせいで私の会社は絶賛人手不足なんです。殺すお手伝いはできませんが、生まれ変わるお手伝いはできますよ?」 「それは...俺に悪事に手を染めろと言うのか?」 「いえいえ、私があなたに求めるのは『自分の思うがままにすること』だけです。この世界の市民に復讐をしたいのならそれもよし、このまま正義の味方になるのならそれもよし。私の会社に不利益を与えないという規則だけ守ってくれれば、なにをしてもいいですよ。」  本当はその馬鹿げた力を悪事に発揮してほしいが、元ヒーローにそこまで求めるのは酷な話だ。これが私のできるギリギリラインの妥協だ。 「さぁ、人の為と自分の心に嘘をつくのはおしまいです。あなたの心はなにを望んでいますか?」  あわよくば復讐と破滅を。そう心の片隅で思いながら、彼の決心を後押しする。彼はしばらく考えたあと、こちらを向いて晴れやかな顔で言った。 「俺は――」
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