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ベッドの上でうつらうつらしていた私は、強い力で上の方にすうっと吸い込まれていくような感覚におそわれ、気が付いた時には、大きな桜の木の下にひとりで立っていた。
花は今まさに満開で、こぼれ落ちんばかりに咲き誇っている。空はどこまでも青く澄みわたり、花びらの薄紅色とのコントラストが目に美しい。
なんて見事な桜なんでしょう。ああ、こうしてゆっくり桜を眺めるのも久し振りのことね。
私は桜の木にもたれるようにして座ると、ふわふわと豊かに生い茂る芝生の上に、ゆったりと足を伸ばした。そうして目を閉じると、ふっと意識が飛ぶに任せた。
あ、お父さん。
私の横に立ってにこにこと優しい笑顔を浮かべてこちらを見ている父は、まだ若く生き生きとした「お父さん」であり、私自身もどうやら子どもに戻っているらしい。
振り返るとやはり子どもになった夫が縁側に座り、「夫のお父さん」と笑いながら何やら楽しそうに話している、好物のバナナを食べながら。
あら、ずいぶん久しぶりだものね、ここではいっぱいお話しできるからよかったわね。
夕飯の支度は当分よさそうだわ。私は夫たちを後に残し、私のお父さんと前から約束していた、動物園に行くことにした。
お父さんいつも忙しかったから、やっとゆっくり行けるのね。アイスも買ってちょうだいね、ねえお父さん。
私は甘えて、子どもの頃いつもしていたように、お父さんの腕にぶらさがりながら歩いた。
カシャっ
あら、あそこで誰かが手をふってるわ。誰かしら。
「みっちゃーん!!」
あらゆうこちゃん! 先に行ってたものね、こんなところで遊んでいたんだわねあなたったら。
「ねえみっちゃん、あっちにシロツメクサの畑があるのよ、冠つくってお姫様ごっこしましょうよ」
昔よくやったわよね、なつかしいわ。そうね、行きましょうか。
カシャっ
「みっちゃん、おやつできたから食べなさい」
おばあちゃん! わあ、大好物のさつま芋の天ぷらだわ。
「おばあちゃんあのねー、きょうねー、ゆうこちゃんがねー、」
「またお喋りばっか。こぼすから先に食べなさい」
「はーい」
カシャっ
娘の果歩が部屋でひとり泣いている。ねえ、どうしたの? 泣かないで、私も悲しくなっちゃうじゃない。
直接涙を拭いてやることはもうできないから、私は空間ごとふわりと包んで、果歩の涙を、時間をかけてゆっくりと吸いとっていった。
よかった、泣き止んだみたいね。
ねえ果歩。あなたはいくつになっても、私のかわいい娘なのよ。だから泣かないで、あなたの人生をこれからも、たくさんたくさん楽しんでちょうだいね。
カシャっ
気がついたら足元に、むかし飼い猫だったタマがいた。
「タマ! こっちいらっしゃい」
私の足元に小さな頭をこすりつけてくるタマ、相変わらずかわいらしいそのしぐさ。私は久しぶりに柔らかなからだを抱っこして、フワフワした毛並みの中に日なたの匂いを見つけて安心した。
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