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それはそれは見事な桜並木でした。どの木もたくさんの枝をつけ、満開のうつくしい桜を毎年ゆったりと咲かせていました、一本の木を除いては。
他の木とくらべどうにも見劣りするその木には、花が咲くこともなく、枝も貧弱でたよりなく、まわりの堂々たる桜を見上げては、どうすることもできずに、さびしげなため息をもらすばかりでした。
「ねえ、あなたいったいどうしたの? なぜ花を咲かせないの、私たちみたいに」
隣の桜が無邪気に聞いてきます。それはいじわるでもなんでもなく、何の問題もなくすくすくと成長してきた桜にとっては、自然に沸きおこる当然の疑問でした。
「うん……、ぼくにもわからない。きみたちと同じようにしてきたはずなのに」
咲かない桜はとても恥ずかしくなって、でもどうしたらいいのかわかりません。
ぼくだって、みんなみたいにきれいな花を咲かせたいんだ。
でもどうしても、どうしてもみんなと同じようにできない。
「あら不思議ねえ、こんな造作もないことがなぜできないのかしらね」
隣の桜はそう言うと、自分の枝をふぁさっと軽くゆらしながら、その豊かでうつくしい花びらに、我ながらみとれていました。
咲かない桜は、丈のみじかいちんちくりんな自分の枝をちらと見て、下を向いたまま体をこわばらせました。桜にもしも目があったなら、きっと悲しみの涙をこぼしていたことでしょう。
桜の木は、そのうつくしい薄紅色の花びらがいちばんの魅力であり見せ場であり、それがないならばもう存在価値もないのじゃないか。
ぼくはなぜ、ここにいるんだろう。どれだけ努力したってどうにもならない。ぼくがみんなに追いついてきれいな花を咲かせるなんてこと、ぜったいにあるわけないんだ。
月の光を浴びてさらにうつくしく、白く発光するかのようにきらきらとゆれているたくさんの花びらに囲まれながら、咲かない桜はひとり悲しみの淵に沈んでいくのでした。
たくさんの季節が流れて行きました。
立派な桜並木は幾度も花を咲かせ緑色に燃え冬を過ごし、やがて少しずつ色を失って行きました。
そんなある年のこと。あのいちばん貧弱だった咲かない桜の木がにわかに勢いをつけ枝振りもよくなり、ある暖かい春の日についに花を咲かせました。
その木は今までのどの桜よりもうつくしく、活きいきとした豊かな花びらを、枝の上いっぱいに広げました。
まわりの桜たちはいまやすっかり年老いて、ついに花を咲かせた桜の木のあまりのうつくしさに、ただただ圧倒されるばかりでした。
立派な仲間たちに囲まれて、長いことずっと疎外感を感じてきた一本の桜の木は、その時やっと自分が存在してきた事の意味を知り、枝をふるわせながら、心のうちで喜びの涙を流すのでした。
(了)
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