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健一は能力を手に入れた代償に、とある問題に直面することになった。
「健一くん、教科書忘れたの? 私の見る?」
「おう、サンキュー。お前優しいな、ブスのくせに」
「はうっ」
健一は他人と話をする際常に相手の粗を探し続け、欠点を見つけるや否や、無意識に口に出してしまうという悪癖が付いてしまったのだ。
それがただ「口の悪い人」で終わればいい、いや本来はそれだけでも十分悪質であるのだが、健一の場合、それがたとえ意図したものでなくても、彼の本心から出た言葉であれば、ナイフは勝手に発動し、相手の身体を傷付けてしまうのだ。
つまり、当初健一の保険であった「実際に言葉にしなければ相手を傷付けることはない」という言い訳は、その機能を失ったのだ。
たった一言で他人を容易く支配できた経験が、感覚が、健一から自制心を完璧に奪い去ってしまった。
さらに健一は他人の悪口を言い続ける中で、どんな言葉を使えば効率よく相手の心を傷付けられるのか、相手が一番触れられたくない部分はどこなのか、経験則で覚えてしまった。
悪口が冴えわたれば、ナイフもその鋭さを増す。
切れすぎる刃はいずれ己が身をも切り裂くということに、気付いた時にはもう遅かった。
傷付けられるのを恐れた周囲の友人は、一人、また一人と健一のそばから離れていき、彼はとうとう学校で孤立した。
「言葉のナイフ」は一介の中学生が持つにはあまりにも不似合いで、物騒な能力だった。
そんな健一にただ一人だけ、手を差し伸べる者がいた。恋人の京子だ。
「なぁ京子。お前俺と別れようと思わないのか? ぶっちゃけ、薄情そうななりしてんのに」
「がはぁっ……別に。薄情と思われてたのは、ちょっとショックだけどね」
「なんでだよ。他の奴らはもう、俺が近付くだけで離れていくのに。その時代遅れのだっせぇロングスカートはともかく、お前は面も性格もいいし、いくらでも他に男を見つけられるだろうが」
「ぐっふぅ……あたしもその、悪気なく人を傷付けちゃうことはあるから。あんたの気持ちはよくわかるよ。だからそんなに気にすんなよ」
それに、私はあんたが好きだから、と。京子はいつも、照れ臭そうに目を逸らしてそう言った。健一もそんな彼女を心の底から好いていた。
でもだからこそ健一は、自分のせいで日に日に衰弱していく彼女の姿を、見ていられなくなった。
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