11人が本棚に入れています
本棚に追加
ある日。健一は京子に別れを告げることを決めた。
簡単なことだ。ただ彼女が耐え切れなくなるまで、もう一緒にいたくないと思うまで、酷い言葉を投げかければいい。
放課後、彼女を体育館裏に呼び出した健一は、彼女の喉元にナイフを突き立てた。
「京子、お前にはほとほと愛想が尽きた。一緒にいても全然楽しくないし、不愛想で可愛げも無い。こんなにつまらない女だなんて思わなかったよ」
京子はただ「そう」と言った。
流石にまだ足りないようだ。
「いつまでも付きまとわれていい迷惑だ。そもそも、俺はお前を好きなわけでもないしな。暇潰しのつもりで付き合ってやってたけど、もう飽きたわ」
黙って俯くだけの京子。痛がっている様子はない。
まだだ、もっと。
「てか、お前なんでまだ俺と一緒にいんの? マゾかよ気持ち悪ぃ。痛ぇんじゃねぇのかよ」
「痛いよ」と悲痛な表情で彼女は言った。足元には涙が作った大きなシミが、広がっていた。
「あんたにそんな顔させて、嘘まで言わせちゃって。いつもの『ナイフ』で刺されるより、ずっと痛い」
言われてようやく気が付いた。地面にできたシミは、健一自身のものだということ。そして今の健一の言葉は悪意のない、つまり本心でない嘘だったから、ナイフが発動しなかったということにも。
それでも京子は痛いと言ってくれた。自分がナイフで傷付けられることより、健一自身が傷付いていくことの方が痛いのだと。
その意味が分かった時、健一は溢れる涙を堰き止めることができなかった。京子に優しく抱きしめられながら、彼は初めて本気で、口の悪さを直したいと願った。
最初のコメントを投稿しよう!