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「俺さ……配属先、東京になった」
デートの日、約束の時間に遅れてきた彼に「遅れてごめん」よりも先に言われたのは、そんなセリフ。
「そう……」
東京……ここから電車で何時間もかかる場所。
「それでさ、4月からそっちに住むことになったんだ。会社が借りてるアパートがあるからって」
彼は無理やりに作った明るい声で言った。彼の嘘を見抜こうとしないで聞けば、その声は春から始まる新たな生活に胸を躍らせているようにも聞こえる。
「そっか……」
私が就職したのは地元の小さな銀行。彼が就職したのは全国展開するアパレル企業。
私はずっと地元にいて、彼は全国どこへでも転勤する。
「私はついていけないよ」って、言わなきゃいけない。
私は完全週休二日制、彼はシフト制、休みだって多分合わない。
それに流行っている感染症。あれのせいで気軽に電車に乗って会いに行こうなどとは到底思えない。
「きっとあんまり会えなくなるね」って、言わなきゃ。
でも本当は「嫌だ、行かないでよ」って、そう言ってしまいたいのに……。
「そうなんだ、頑張ってね!」
嘘をついた。言えなかった。口にしたら、泣いてしまいそうだったから。口にしたら、彼を困らせてしまうから。
そんな私を追い詰めるみたいに、彼は口を開く。
「ただ、そうなるとあんまり会えなくなっちゃうのが問題なんだよなぁ……休みだって合わないし」
「やめて、そんなこと言わないで」って、言いたかった。だけど、言えなかった。
「……なんとかなるよ」
私はまた嘘をついて、そう誤魔化した。
きっと無理だ。なんとかなんてならない。ずっと離ればなれなんて……私には耐えられない。
「そうだな……毎日電話するし、ちょくちょく帰ってくるし、俺らなら大丈夫だよ」
彼はそう言って笑う。
彼も嘘をついているんだなと、直感的にそう感じた。
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