そうして私は悪役令嬢になった。

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「ここからは一人で」  私にそう言って、王子つきの侍女は離れていった。  人気のない廊下に私の靴音だけが響いた。  通路には衛兵もいない。ただ、点々と灯火が置かれ、松ヤニ臭い煙を上げているだけだ。  似たような扉がいくつも並ぶ。  右側の三番目。王子つきの侍女に言われた扉をノックすると、返事もなくいきなり扉が開いた。飛び出してきた白い手に腕を掴まれ、中に引きずり込まれ、床に押し倒されていた。   あっという間のことだった。 「いくらでも声を出していいぞ、警護の者たちには言い含めてある」  私の上にのしかかって、王子がそう言う。  私は押し倒されたときに床に軽く頭を打ってめまいに襲われていた。 「見せろ」  何を、と問う間もなかった。王子は私のスカートをまくりあげ、下着に手をかけていた。 「――ッ!」  悲鳴など出ない。驚愕と恐怖で私は凍りついている。ただ意識と身体の感覚だけが過敏なほど冴えわたっている。  私はこの状況を理解していた。年上の少女エリーゼが、二人きりのときに囁いてくれた大人の秘密のひとつ。  これはだ。  私の心臓は爆発しそうなほど高鳴り、しかし身体は麻痺したように動かず、私は脚を無理やり開かれ、下着を剥ぎ取られた状態で、抵抗もできず、羞恥とおそれのなかで、紅潮した頬をさとられないようにと祈りながら固く目を閉じ…… 「なんだ、つまらないな」    何も起こらないまま、王子はそう言って立ち上がった。  「東洋人だから横に裂けていると聞いたのに、コンスタンツェと同じではないか……どうした、帰っていいぞ」  私はまだ続く脳震盪に耐えながら、のろのろと立ち上がり、下着を身につけ、スカートのひだを整えた。  視界の端で王子の姿を覗き見ると、寝椅子に半ば横たわって、地下からとってきたものらしい本を開き、そちらに集中していた。  私が震えながら一礼したときも、部屋を出ていくときも、美しい少年は私を見もしなかった。    
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