それが私の幼年期の終わりだった。

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 エーディトやエリーゼは、私の黒いまっすぐな髪を羨ましいという。茶色い虹彩に黒い瞳も美しいという。しかし、浅黒い肌に関しては、言及したことがない。  家庭教師のディートリンデは私のことをエキゾチックという。美しいのか醜いのか、そういう判断を回避する言葉だ。ディートリンデは言う。 「生れがどうであろうと、姿かたちが人とちがっていようと、神様が愛をこめてあなたをつくったことに、他の人と何の違いもありません。魂の価値はみんな同じ。怖がらずに、誇りを持って生きなさい。そして、神様からもらった愛を、この世界に返せるような人になりなさい」  立派な言葉だ。素直にそう思う。だが、ただ立派だと思うだけだ。ディートリンデは私を救えなかった。私の苦しみに気づいてさえいなかった。 ――アーデルハイトはどうしていつもそんなに汚れてるの?  輝く金髪と白い肌のコンスタンツェは、よく私をからかったものだ。きれいにしてあげる、といって私を押さえつけて服を剥ぎ、ブリュンヒルデに外を見張らせている間、私を踏みつけ、床拭きブラシで肌が赤むけになるまで全身をこすったりした。  そして言うのだ。 ――あらごめんなさい。あなた、もともと醜かったのね。    乳母のエーディトやその娘エリーゼがどれだけ気をつかおうと、あるいは、仮に本気で称賛していようとも、そうした経験は忘れないものだ。 ――あなたは醜い。  幼いころに何度も繰り返されるそうした言葉は、胸の奥深いところに刻印されて、それが正しいと思い込ませてしまう。  私が味わうのは怒りでも憎しみでもなく、ただ、自分に対する失望と、将来へのあきらめだ。  小さな令嬢などと呼ばれてはいても、私達の存在価値は限られている。  王子に愛されること、王子に選ばれ、結婚相手となること。  ただそれだけのために本から呼び出された私達は、選ばれなかった二人がどう処分されるのか聞かされてもいない。  本のページの間にもどされるのかもしれないし、紙のように燃やされてしまうのかもしれない。  ゴーメンガーストは魔法の世界だ。何があってもおかしくはない。    生き延びるためには、王子に愛されること。その不可能に思える仮定を、私は受け入れた。  受け入れることで、きっとコンスタンツェよりも一歩早く、大人への階段を登り始めた。  身体の成熟のことではない。私はコンスタンツェの持っていないもの――絶望を身につけていた。それは他ならぬ、コンスタンツェからの贈り物であった。                     
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