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「シーグラスって、小さいから。すぐに無くしてしまいそうですね?」
愛依さんがそう言って、わたしに笑いかける。悪意の欠片すらないその笑顔は、今のわたしには眩しすぎた。
シーグラス……か。
たしかに、子どもの時は集めていた。実家に帰れば、今もあるかもしれない。
「オレンジ色のシーグラスって、珍しいんですよね? 陽は『早紀さんのために何日も時間をかけて、頑張って探した』って、言っていましたよ」
「オレンジ色の、シーグラス……」
そうだ。五年前、陽がわたしにくれた。辛くなったら、いつでも帰って来いよ。これは、お守りだ。そう言って。
(……うそつき)
まぶたが震えて熱くなる。視界がぼやけて、かすむ。本当のうそつきは、わたしの方。
陽からもらった、オレンジ色のシーグラス。一生大事にすると約束したのに。今の今まで、忘れていた。
「喉、渇きませんか?」
恥ずかしさからわたしは、顔を上げることも、返事をすることも出来ない。ただただ、怖かった。中身のない自分を見られるのが。
「シーグラスって、どうやってできるか、知ってます?」
愛依さんが独り言のようにつぶやく。とても小さな声で、わたしに語りかけているような様子はない。
彼女の目は、ただ何も無い空を見つめている。
「波に流されて、岩にぶつかって、削られて。長い、長い、時間をかけてやっと。人が触れられるような、トゲのない丸みを帯びるんですよ……」
そう言うと愛依さんは、ハッとしたように表情を明るいものに変えた。その瞳に再び明かりが戻り、愛しそうに丸みを帯びたお腹をなでている。
「いいですね、田舎って。なんにも、なくて……」
今度はわたしに聞こえるように、ハッキリとした声音で言う。愛依さんの薄い唇からこぼれ落ちるその言葉は、どこか冷たく聞こえた。
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