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元彼の妻
何件目かの家の表札を確認していると、庭にいた若い女性が話しかけてきた。珍しく、わたしの知らない人だ。
「あの、もしかして……。早紀さんですか?」
声の主を確認する。お団子にまとめた明るい茶色の髪と、日焼けした肌が印象的な若い女性だった。年齢はわたしと近い気がする。
「はい……。わたしの名前は、早紀ですけど……」
わたしは見知らぬ人物に警戒心をあらわにするが、女性はそれを気にもとめず話し続けた。
「はじめまして。私は陽の妻の愛依です」
愛依さんがパッチリとした目を細めて笑う。
「良かったー。陽、さっき漁に出ちゃって。早紀さんを見かけたら、家で待っててもらってって、頼まれてたんです」
なんだ。やっぱり陽は、漁に出たのか……。
予想が当たって、ほんの少し寂しい。陽に会いたかった。そして五年ぶりの再会を喜んでほしかったのに。
「大学は、休んでいいんですか?」
「はい。ちょうど休講だったんで」
わたしは嘘をついた。本当は大学を休んできた。勉強は好きじゃない。授業だって、眠気を誘うだけ。
「自転車で来たんですか? 暑かったでしょう? 家で休んでいってください」
家に向かって歩く愛依さんが、さりげなくお腹に手を添える。それを見て、二人の間に子どもが出来たことを悟った。
もしもわたしがこの島に残ったままだったら。そこに居るのは、わたしだったんだろうか?
ふと、そんな事を思った。
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