元彼の妻

2/2

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「狭い家ですけど、よかったら上がってってください」  愛依(めい)さんが扉を開ける。すると扉の向こうからむわりとした熱気と、潮の匂いの混じった独特の匂いが辺りに広がった。昼も夜も、季節さえ忘れさせるような、夏の匂い。  胸の辺りがムズムズするような懐かしさと、肌にまとわりつくような粘り気のある空気が、わたしの心と体を包み込む。 「それじゃあ、お言葉に甘えて……」  玄関先で靴を脱ごうとしていると、愛依さんに止められた。 「一階はカフェになってるんです。土足のままでいいですよ」 「カフェ?」  言われた通り、土足のまま部屋の中に入った。レンガを敷きつめただけの床は、外と中の仕切りを曖昧にする。 「うわぁ……すごい……」  まず目に飛び込んできたのは、所狭しと飾られたシーグラスで作られたオブジェ。中央の柱には、大きなフレームに飾られたシーグラスのハート模様。青を中心に、緑や透明のシーグラスが並んでいる。  そして木製のテーブルの上には、シーグラスで作られたキャンドルホルダーが一つずつ置かれている。こっちは、緑色のシーグラスが中心だ。アクセントに小さな茶色が使われている。 (それに……)  四人掛けのテーブル席が四つと、カウンター席が五席。デザインは似ているが、椅子もテーブルも別々のものを組み合わせたのだろう。  テーブルに塗られたムラのある白い塗料が、二人の努力を語っているようだった。 「本当に、すごいですね……」  テーブルの一つに触れると、愛依さんが嬉しそうに答えた。 「そうでしょう? 全部、陽が揃えてくれたんですよ」 「へぇー。あの、陽が……」  カウンター席の奥には酒の瓶が並んでいる。夜はお酒も出すのだろう。  そういえば、陽の両親は食堂を経営していた。その影響だろうか。 「やっぱり、懐かしいですか?」  愛依さんの言葉に一瞬躊躇ったあと「はい」と答えた。  初めて来た場所なのに、なぜか懐かしいと感じた。シーグラスのせいだろうか? 「いいなぁー。私は、ここに来て初めて見たんですよ。シーグラス……」 「そうなんですね?」  島育ちのわたしは、海があるのが当たり前で。シーグラスを探すのは、遊びの一つにすぎなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加