約束

2/2
前へ
/8ページ
次へ
「シーグラスって、小さいから。すぐに無くしてしまいそうですね?」  愛依さんがそう言って、わたしに笑いかける。悪意の欠片すらないその笑顔は、今のわたしには眩しすぎた。  シーグラス……か。  たしかに、子どもの時は集めていた。実家に帰れば、今もあるかもしれない。 「オレンジ色のシーグラスって、珍しいんですよね? 陽は『早紀さんのために何日も時間をかけて、頑張って探した』って、言っていましたよ」 「オレンジ色の、シーグラス……」  そうだ。五年前、陽がわたしにくれた。辛くなったら、いつでも帰って来いよ。これは、お守りだ。そう言って。 (……うそつき)  まぶたが震えて熱くなる。視界がぼやけて、かすむ。本当のうそつきは、わたしの方。  陽からもらった、オレンジ色のシーグラス。一生大事にすると約束したのに。今の今まで、忘れていた。 「喉、渇きませんか?」  恥ずかしさからわたしは、顔を上げることも、返事をすることも出来ない。ただただ、怖かった。中身のない自分を見られるのが。 「シーグラスって、どうやってできるか、知ってます?」  愛依さんが独り言のようにつぶやく。とても小さな声で、わたしに語りかけているような様子はない。  彼女の目は、ただ何も無い空を見つめている。 「波に流されて、岩にぶつかって、削られて。長い、長い、時間をかけてやっと。人が触れられるような、トゲのない丸みを帯びるんですよ……」  そう言うと愛依さんは、ハッとしたように表情を明るいものに変えた。その瞳に再び明かりが戻り、愛しそうに丸みを帯びたお腹をなでている。 「いいですね、田舎って。なんにも、なくて……」  今度はわたしに聞こえるように、ハッキリとした声音で言う。愛依さんの薄い唇からこぼれ落ちるその言葉は、どこか冷たく聞こえた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加