DRY

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夕方。薄暗い部屋で私はあいつを見ていた。 また、視界が滲んでくる。 あいつの緑色がぼんやりと私の目に映る。 こいつは私のために二度も花を咲かせてくれたのだ。 その日、あの花を見て以来、 私の心はすっと軽くなった。 ちょこんと咲いたピンクの花は、私に力を与えてくれたんだと思う。背中を押してくれるみたいに。 そして彼の死から今まで、呆然と立ち尽くしていた場所からやっと、一歩前に進むことができたような気がした。 そして少し経ってから私は新しい仕事探しを始めた。 相変わらず玄関にはあいつがいる。もう声を掛けても返事はないけど。 あいつのうるさいいびきに慣れてしまったせいで 今でも一人の夜は少し寂しかった。 今、あいつの頭にもう花はもう咲いていない。 でも、もう大丈夫。私はまた前に進める。 黒いスーツを着て、髪はきっちりとまとめ上げる。 アイシャドーは薄いピンクで、 いつもは履かないような黒いヒールに足を滑らせる。  ぐっと力を込めて玄関のドアを押す。 ドアの向こうでプレートの揺れる音がした。 幸せな思い出をむやみに避ける必要はない。 後ろを振り返ることはあっても もう立ち止まることはない。 あいつに、 彼との思い出ある部屋に、大きな声で言う。 「行ってきます!!」 今日も相変わらずいい天気だった。 少しずつ寒くなってきて、空はまだ夜とのつなぎ目 みたいだけど私は空を仰いでにっこりと笑う。 私はまだまだ前に進める。                      (完)
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