予言、あるいは直感を盲信する凡人の言

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「今からウソを言う。信じろ」  ……彼は一体何を言っているのだろう。  彼が会社を辞めるに至った経緯は今でも憶えている。  彼は上司の代役として会議に出席した際、若者の意見を求めだした経営陣に、屈託の無い意見を、と言われ、慌てふためきながらも答えた。  おそらく彼は『屈託の無い』という言葉をそのまま素直に受け止め、彼の正直な心から来る忌憚無き意見を、衣を着せずにそのまま述べた。  彼の良いところは正直なことだとは思う。それは美徳ではあるが、その意見が正直に会社の上層部を批判するものだったのだから、当然、会議室はとてつもない雰囲気になった。  僕はその会議に記録係として参加していたので、その時の空気感はよく憶えている。まるで冷蔵庫の中に突然放り込まれた肉まんみたいに、急速に会議室は皺くちゃになっていった。  その後、特に嫌がらせ等は起こらなかったが、周囲の視線はやはり変わってしまい、居心地は悪くなってしまったのだろう。  暫くして彼は会社を辞めた。  彼は常々、俺は絶対にウソはつかない、と自慢げに言っていた。おそらくそれが彼の美徳であり矜持なのだろうが、何でも言葉通りに受け止めてしまう彼は、いささか人が良すぎるのかもしれない。  どんな言葉であっても、場合によっては柔軟に捻じ曲げる必要があるということは、社会の中で生きていくうえでは知っておくべきだったのだと思う。  でも確かに、例え冗談を言っている時でも彼がウソをついていると思ったことはなく、彼が良い意味でも悪い意味でも正直者であることは間違いないのだろう。  正直で裏表が無く、良い奴だが全てを言葉通りに受けとめてしまうので融通が利かない。それが僕の彼への印象であり、それは今も変わっていない。  僕達は同期入社だったこともあり、彼の退社から1年経った今もまだ交流は続いている。今は別の会社に勤めているとのことだが、再就職時の雑多さで半年ぶりに会った彼が突然そんなことを言うものだから、僕はいまいち理解が追いつかず、少なからず混乱してしまった。
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