メッセージが届きました『ありがとう』

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ピロリーン♪ 「ん? なんだこれ」 SNSにメッセージが届いたという通知音と共に、短い一文が表示された。 『ありがとう』 何に対してのありがとうなのか書かれていないため、首をひねるばかりだった。 「よく分からんし、無視設定にしておこう。よし……っととと。ううむ、立ち眩みか? 最近多いなあ。仕事のせいかな? それとも俺ももう歳かぁ?」 等と自嘲しながらゆっくりし呼吸をする。最近少しばかり調子が悪い。慣れない働き詰めのせいだろうか? 「もうすぐプレゼン発表の日だからな。この成功如何では俺にも昇進の芽が見えてくる! ……それもこれもあいつに良いサイト教えてもらったからかもな? あいつには感謝しか無いなぁ」 俺は生来、運というものが無かった。とことん無かった。仕事で成果を上げかけると他の誰かに掻っ攫われる、彼女ができたかと思えば他の男に乗り換えられる、日常の不運なんて数え上げればキリがない程だった。そのためか、以前の俺は同期入社した奴等に比べて給料も安かったのだ。そんな俺を見かねたのか仕事の後輩から、 「厄落とししませんか?」 と誘われたのだが……普通厄落としなんて聞くと、神社や寺とかを想像するじゃん? 教えてもらった厄落としの先は、何とも怪しげなサイトだった。ただ中身は「厄なんてものは気の持ちようで幾らでも何とかなるものだ」と、怪しげな見た目とは裏腹に割と普通のコトを書いていたりしたのが印象的だった。最初は登録する気もなかったのだが、つい何気に掲示板に愚痴を書いてしまったのだが、すぐにリプがついていて何となく相談に乗ってもらっていた。なんてことを繰り返している内に、これだけ頻繁に来てるのだから登録しても良いかな? と思い始め、更に登録に必要なのはメアドとニックネーム位のものだったのでサクッと登録してしまったのだ。後は想像と違ったっていうか指示されたのは、 「皆様の役に立つことを実践する、そうすれば貴方の厄は祓われ、運気も上昇しますよ」 と来たもんだ。何処の宗教だよ? 何だよそれって思いつつも、休日のゴミ拾いやらちょっとした活動をするようになったんだ。んでその事を報告すると、何やら貢献ポイントなるものがサイト上に表示されるようになった。何だろうと思っているとポップアップが表示され、 「貴方の活動が評価されました。初回なのでボーナスポイント分上乗せさせて頂きます。尚、貢献ポイントを消費して運気をアップさせることができます」 との説明がなされていた。何をバカなと思ったんだけど、どうせタダなんだし本当に運気がアップするなら儲けものだ。早速やってみようと貢献ポイントを消費してみた。すると、普段の不運が嘘のように感じられなくなり、仕事の成果を掻っ攫われる事も無くなって、あっという間に同期と同じ給料レベルにまで上がったのだった。……通常になったとか戻っただとも言えなくはないが。 それからどうしたって? 勿論、沢山地域貢献するようになったよ。まぁ、初回ボーナス分が割とでかくて、ちまちました善行位じゃ運気アップなんて遠い話だったんだけどね。ただ清掃活動やらしてると、近所に顔見知りがちらほら増えていくようになって、人間関係が凄く良くなったんだよな。有り体な話だけど、実践しなきゃご近所付き合い部分で私生活が充実するなんてありえないもんな。 お陰で地道な活動を苦も続けられていたからか『運気アップ』を実行できる所まで貢献ポイントを溜めることができたのだ。勿論すぐ消費して実行したよ。すると数日後、仕事場でつい口からこぼれた言葉を拾った上司が、 「面白いなそれ。確かお前は今まで一度もプロジェクトを抱えた事がなかったな? これも経験だ。そのアイデアを実現できるかやってみろ」 俺にしてみればほんの何気ない呟きだったのだが、上司にしてみればそうでは無かったらしく、プロジェクトリーダーの経験もない俺を、仮のリーダーとして据えてしまったのだ。俺は急な展開にオロオロするばかりだったが、流石に未経験の人間に全てを任せる程、うちの上司は鬼ではなかったらしい。経験のある同期を補佐に付けてくれ、更に俺に運気アップのサイトを教えてくれた後輩まで付けてくれた。二人共優秀で、俺がこうしたいああしたいという言葉を上手く拾ってくれて形にしてくれたんだよな。感謝しか無い。 ……ただ、運気アップの効果は恐らくチャンスが巡ってくる所までだろう。成功するかどうかまで保証されてるわけじゃない。以前の俺ならここで満足してたはずだ。しかし全てが上向きだった俺は慌てた。運気に助けられて手に入れたチャンスとはいえ、これが一世一代の最後のチャンスかも知れない、そんな強迫観念があったからだ。プレゼンを控えた俺は、藁にもすがる思いで運気サイトを開いたのだった。勿論簡単に運勢アップできるようなうまい話は無かった……んだが、 「貢献ポイントの前借り(何事もご利用は計画的に)」 なんて項目があったのだ。今まで気付かなかったのはどうしてだろうとか、その時の俺にはどうでも良かった。思わずこの怪しげなボタンを、よく考えもせずクリックしたのだ。 「貢献ポイントの前借り申請、承りました。前借りされると、今までより多くの貢献ポイントを回収させて頂くことになります。よろしいでしょうか?」 押した後で少し冷静になったものの、書かれている文章は極普通の事だった。そもそも、前借りするんだから当然だろうなと思った俺は、迷わず「はい」を選んだ。 「納めるべき貢献ポイントを滞納されますと、一時的に運気が落ちるなどの不幸が振りかかる恐れが御座います。または別の会員様への貢献で代用させて頂く事になりますが、よろしいでしょうか?」 せっかく上がってきた運気が落ちるのは困るが、他の会員への貢献というなら今まで世話になってきた分、恩返しの意味も込めれると抵抗はなかった。これも「はい」を押すしか無い! 「ご利用有難う御座いました。ご利用者様の未来に幸多からんことを……」 そんな遣り取りが大体1ヶ月ほど前の事。この時の俺は貢献度をコツコツ返していくつもりだったのだが、プレゼンを煮詰めるのに忙殺されてしまって何もできずに居た。 「何でこんな事を今頃思い出したんだろうな? そう言えば忙しさにかまけて善行を積んでないな。今度の休みにでもガッツリやるとしよう」 ……… …… … そして今、上司達の前でプレゼンを終えて…… 「いやぁ、実に面白いアイデアだな。プレゼンも完成度が高かった。正式に君の部署を立ち上げさせ、それに伴い君に役職を与えよう。期待してるよ」 「はい! 有難う御座います!」 プレゼン内容を詰めたのは後輩の仕事だし、資料作成はプロジェクト慣れした同僚の手際で、正直俺の仕事では全くないのだが……。 「やったな! 上手く行った!」 「先輩やりましたね!」 「おお、有難うな二人共!」 「こうもトントン拍子に事が運ぶだなんてな。だがこれから忙しくなるぞ? 日によっては泊まり込みになるかも知れんなぁ」 それもそうか。いろいろ浮かれていたが、仕事に忙殺される可能性だってあるんだったな。 「これを期に、近くに引っ越そうかと思う」 「おいおい、早速社畜根性発揮してるのか? 泊まりなんて納期に間に合わないだとか、ほんのたまにで良いんだよ」 「そうっすよ、身体は資本っすよ」 「まぁそうなんだけどな。ああ駄目だ、浮かれ過ぎてよく分かんねえや」 その後、3人で色々話を煮詰めたり、冗談言って笑い合ったり。この日は夜遅くまで飲み明かしたのだった。 ……… …… … 「アイタタタ……頭が痛い。あれ? なんか口の中がおかしいな……」 朝起きた俺は口の中の違和感に気付き、鏡で見てみたのだが……。 「おいおい、何だこりゃ? 綺麗に歯が抜けちまってる……どこで抜けたんだ?」 鏡の中の俺の口の中は、奥歯が綺麗に抜けているのが分かったのだった。 「この歳で歯抜けとは……。うん? 何だ? またメッセージか?」 SNSから送り主不明のメッセージが届いていた。内容はまたも 『ありがとう』 「だから何の何に対する有難うなんだよ? 無視設定にしたのに届いてるってことは、別の奴か? いや、内容も同じだし……」 等と考えていると ブルルルルッ 「うおわっ!? びっくりした。何だ電話か。後輩からのようだな……(ピッ)はい、どうした? うん……うん……おお! そうか! 増員は嬉しいな。俺は今日休みだったけど、顔合わせくらいしておこうかな。いやいや、大丈夫だって。今日仕事するわけじゃないし。うんうん……じゃあよろしくな」 はぁ……俺は今、幸せだ! ……… …… … それから時は過ぎ、例の『ありがとう』のメッセージは時折届くようになっていた。俺は働き過ぎが原因なのか、ちょくちょく体調を崩していたが仕事に支障はなく、むしろ仕事の方はすこぶる順調であった。 「おお、我等が課長のご到着だな。……って大丈夫かお前、顔色悪いぞ?」 「先輩、本気で一度検査入院とかしておきましょうよ? 手遅れになってからじゃ遅いんですよ?」 「何言ってんだ。今俺が抜けるわけにはいかないだろうが?」 「まぁそうだが……」 そうなのである。仮のリーダーになった頃はタダのお飾りだった俺も、責任ある立場になったからか順調にスキルアップを果たし、取引先の覚えも目出度いレベルにまでに成長していたのだった。 「でもなぁ、こいつの言うことじゃないが身体は資本だ。一度でも遅刻したり体調不良を見かけたら病院に放り込むからな」 「何だ何だ? 強制か? 酷い奴め」 この時の俺はこんな風に笑い飛ばせていたのだった。 ……… …… … ピロリーン♪ ある朝、酷く気怠げな気分で臥せっている所を、無理やり意識を引っ張るかのような着信音が鳴る。休みだったので寝倒す……と言うより身じろぎ一つ億劫だったのに……。こいつは幾ら拒否しても、また別のアカウントでメッセージを送ってきてるのか、避ける方法が無い。そもそも知り合い以外は拒否してるのに……何でだ? 「くっそ……どこのどい……つ」 『ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう』 「………………」 文面は確かに『ありがとう』なのだが、100個連なったその文章は、何処か薄ら寒く感じる様な異様さを持っていた。気持ち悪くは思ったものの、何時もの様にすぐに拒否して見ないようにした。 次の日、仕事場に着くと……、 「おいおい、今日は一段と顔色が悪いな! 本当に検査してもらえよ? 悪いことは言わねえ、な?」 「そうですよ、随分と酷い顔色ですよ?」 「軌道に乗りかけてるんだ。一段落したら行くよ」 「絶対だからな!」 「絶対ですよ!」 「ああ、分かってる」 そして忙しくする日々がまた数日が過ぎ……今度は目に異変が起きてしまった。その日、最初は寝ぼけていたのかと思っていたのだが、左側が暗く感じるし、やけに身体の安定が悪い。ようやく目に違和感があることに気付いて鏡で確認したのだが……。 「おいおいおいおいおい!? 何だこりゃ!?」 鏡に写ったのは、左目が真っ白になった俺の姿だった。 ピロリーン♪ 「………………」 『ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう』 前回よりは数が少ないが、それでもやはり、普通には在り得ない『ありがとう』の数だった。 「……って、こうしちゃいられない。目を見てもらわなければ」 流石に仕事を休んで眼科に掛かり、目を見てもらったものの「原因は不明だが、目の機能は完全に失われている」という、聞きたいことの一つも無い、聞かなくても良い答えだけが帰ってきたのだった。 職場では酷く皆に心配されたものの、見えなくなった原因も分からずではどうすることもできない。流石に目に見える不調が現れたので、無理やり放り込まれる前に病院の方に予約を取った。しかしまだ片目が見えてるだけ良かったと見るべきなんだろうか? 謎は尽きない……。 ……… …… … そして数日後、検査入院する前日のこと。 ぜぇひゅぅぜぇひゅぅ……。 妙な呼吸音に息苦しさでのろのろと寝床から抜け出してくる。飛び起きたいものの、身体が何故かまともに言うことを聞いてくれない。何なんだ一体? ピロリーン♪ ビクッ!? 『ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう』 「ひぃっ……」 もはや文面からは恐怖しか感じない。今まで以上に大量の『ありがとう』の文字。思わず携帯を取り落としてしまいそうになり、スライドさせてしまった。しかし文章には続きがあったのだ。長く長く続く『ありがとう』の先に……俺は見つけてしまった。 『片肺をありがとう』 「うっ、ああああぁあ……」 叫びたいのに声が上手く出ない。もしかして本当に片肺を取られたのか? 息が苦しいのは肺が片方無いからなのか?? こうなると、今まで拒否してきた『ありがとう』の中にも、何かに対し『ありがとう』と言ってる可能性があるのか? 歯も? 目も!? 他には何が!? この前の大量の『ありがとう』は何だった!? やはり何かしら体の一部を持って行かれていたのでは?? そんな恐ろしい考えが脳裏を過る。 「ひっ……で、電話……って何処に? 誰に? どうやって??」 ピロリィィン 「うわぁああっ」 またしても大量の『ありがとう』が表示され……そしてスライドしていくと、 『肝臓の一部をありがとう』 の文字が……。 「ひぃや、いやっ、だっ……だれか助け……」 ピロリィィィン…… 『さきにおれい、ありがとう』 今までと違うメッセージの文言。その先に書かれていたのは…… 『あなたのしんぞう、ありがとう』 ゴトッ…… ピロリィイィンン…… 『いままで、いろいろ、ありがとう』 ……… …… … 「ガイシャの様子は?」 「酷いもんですね。今回のは27kgだそうです」 「随分と持って行かれてるな」 最近増えている『内蔵欠損』事件。捜査関係者からは『持って行かれてる』と表現されるこの事件は、解決の糸口すら見えていなかった……。 「見た感じは目と歯……、腹も凹んでいたので内臓が色々ですかね」 「後は髄とかだな」 「髄?」 「骨髄だよ。ちょっと前にあったんだ。体重が30kg切ってるとあるらしい」 「へぇ……。にしてもどうやって抜き出してるんでしょうねぇ」 「分からん。ただ解剖に回した所で答えは同じだ。『切除痕無く欠損』ってな。抜かれたにしろ、何処に行ってるやら分からんな」 「気持ち悪いですねぇ……」 「全くだ。妖怪の仕業だとか言われた方が納得しそうだよ」 「妖怪って、可愛い方じゃなくあのおどろおどろした方ですか? 今時はポップでキュートな……」 「うるせえよ。そういうんじゃねえ。……ほれ行くぞ」 「うっす」 今日の事件でも何も見つからなかった。携帯やパソコンからも、怪しいサイトの訪問履歴もSNSのメッセージも、何一つ……。 こうして何処かでまた『抜かれた』被害者が出ているのかも知れない……。 な に ご と も 、 ご り よ う は け い か く て き に い ろ い ろ あ り が と う ・ ・ ・
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