文学少女に聞こえて来た声

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 昔の私は本を読むのが好きだった。でも、ただ黙読するだけじゃ面白くない。心の中で活字の雨を好きな声に変えて読むのが大好きだった。今日はどんな声で読もう、透き通るような女の人の声?それとも落ち着いた男の人の声?それを考えるだけでワクワクが止まらなかったな。  そんな私はある時、駅の近くの公園でやってるフリーマーケットを偶然発見した。いつ着たら良いのか分からない変な模様の入った服、昔の戦隊物のおもちゃ、異国風の置物、誰が描いたのかも分からない風景画……そう、そこで見つけたんだ、あの本を。周りでは値切ったり、お喋りしてたりしててうるさかったけどそこだけ妙に静かだったのを覚えてる。青いビニールシートの上に顔がしわしわのお爺ちゃんが座っていて、彼の前に真っ黒のカバーに赤い字で「rem(ロン)placement(プラスモン)」と外国語で書かれた文庫本が一冊だけ置いてあった。 「……お嬢ちゃん、高校生かい?だったら十円で良いよ。汚れてるしね」 しわがれた声。歯は何本か抜けていて、奥の方の金歯が鈍く光っていた。お爺ちゃんは少し不気味だったけど、ただ同然の値段だったから私はその本を思わず買ってしまったの。汚れてるって言っていたけど、ページをパラパラめくっても全然(きたな)くなくて新品同様だったわ。  家に帰ったら早速読んでみる事にした。勿論、私の気分に合った心の声で。確か艶のあるテノールだった。でも読み進めていると突然、 「違う、私はそんな声じゃない」 って聞こえて来たの。神経質そうでキンキンした声。気のせいかと思ったけど気味が悪かったからその日は読むのをやめてしまった。  他の日、私はまたあの本を読んでいた。今度はアルトの大人っぽい女の人の声を想像しながら。そしたら、 「違う!!」 と怒鳴り声が私の頭の中で反響した。この前と同じ金切り声。驚いて思わず本を落とすとカバーが外れた。(あらわ)になった表紙は白色をしていた……けど、色あせた茶色い飛沫がその上にべっとりとこびりついてた。血。すぐ分かったわ。だって鼻血をふいて時間が経ったティッシュと同じ色をしていたんだもの。怖くなった私は近くのゴミ捨て場に本を捨ててしまった。そして玄関の扉を開ける時、また神経質そうな声が耳元で囁いた。 「もう遅いよ。今からあなたの体は私の物」 そう言って今の私は昔の私を追い出したの。
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