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桜が舞い散る川沿いの土手道を父さんと母さんと肩を並べ歩いていた。
今日は高校の卒業式だった。
来年からは社会人の仲間入りとなる俺には幾つもの不安があった。けど、今日この一時だけはそれらを忘れていた。
桜の花びらが水面に浮かびゆったりとながれる。そして、強い風が一風し俺は二人より数歩前に出て、二人に向き直った。
右手に持った卒業証書の筒を突きだし、精一杯の笑顔を作り言葉にした。
「十八年間、ありがとうございました!これからは、支えられるんじゃなくて支え合ってこうと思う。父さん、母さん、ありがとう…二人のお陰で卒業できたよ」
父さんは満面の笑みを浮かべ「おう」と呟いていたが、母さんは号泣だった。
俺は、周囲の目も気にしてハンカチを取り出し母さんに差し出した。すると、「大丈夫」と突き返された。
母さんは自分のハンカチで涙を拭い、話し始めた。
「あんたのその涙色のハンカチは大事な物でしょ?」
俺は数年前に見知らぬお兄さんからもらったままの水玉模様のハンカチに視線を落とした。
あの日からもこのハンカチには沢山の涙を溢してきた。だからこそ、分かるんだ。
「たぶん、このハンカチはもう俺には必要ないと思うよ」
そう口にした時、ふと、川辺に視線がいく。
猫背で寂しそうな表情をした少年がじっと川を眺めている。数年前の誰かを見ているようだった。
「父さんと母さんは先帰ってて」
俺の言葉に父さんは「なんでだ?」と尋ねてきたが、何かを察した母さんが「いいから帰りましょう」といい父さんを強引に連れて帰った。
二人の影が見えなくなったのを確認した俺は深呼吸をして少年に歩み寄る。
どんな言葉を口にすれば伝わるだろうか。
少年の悩みの力になれるだろうか。そもそも、俺に話してくれるのだろうか。
多大な不安を抱えつつも俺は足を止めはしなかった。
何故なら、俺はあの日にお兄さんから受け取ったありがとうのバトンを次の誰かに受け継いでいかなければならないのだから。
少年の間近まで来ると少年の瞳から涙が溢れていたことに気が付いた。
「どうした、少年」
「うわっ!」
少年は数年前の自分を思い出させるくらいに驚いたいた。
さてと、これから何を話していこうか。
けれど、その前にすることがある。
「これで涙拭きなよ」
右手に持った涙色のハンカチを少年に差し出すと、少しだけ俺を怪しむ視線を向けた末に受け取った。
お兄さん、ありがとうございました。
俺はあれから大きくなり、お兄さんから頂いた二つのモノを今度はこの少年に託そうと思います。
それが、ありがとうの価値を広める一番の方法だと俺は思うので。
それと、少年に託した涙色のハンカチに俺はある想いを込めました。それは…。
涙を拭き終えた少年の悩みとやらを聞き、俺の人生経験からのアドバイスをした。
俺の時とは悩みも違ったためありがとうの話にはならない気がした。
そんな時、少年は俺にお別れの挨拶をしようと口を開いた。
「お兄さん。色々とごめんなさい。これからはもっと上手く、他人に気持ちを伝えられるように頑張ります」
そうか、そうだよな。この少年もきっと、知らないのだろう。それなら教えてあげよう。
「少年。上手く気持ちを伝える方法を教えてやろう」
「は、はい!」
「上手く気持ちを伝える方法はな…」
ごめん の数よりありがとうの数を増やすこと。それだけなんだ。
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