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「はい、どちら様ですか?」
『小島商事の者です』
「こんばんわ」
『はい、こんばんわ。お母さんいる?』
この前とは違い、優しさの感じられない平然とした声に俺はいつもの通り答える。
「すいません。今はいないです」
『そうなの?』
「はい」
今日もまたしつこくされるのだろう、そう思った時、受話器越しに雰囲気の変わった声が聞こえてきた。
『てか、お母さんいるんでしょ?嘘は良くないよ?お母さんに代わってよ』
その声は、学校で生徒を叱る時の先生の声のトーンにも似ていて恐怖心を覚えさせられる大人の怖さだった。
「い、いません」
受話器越しに溜め息が聞こえてきた。
『あのさ、五時半からずっとアパートの前にいたから分かってるんだよね。もう、バレバレだから、早くお母さんと代わって』
五時半ということ母さんが帰宅している所を見られているということだ、もうこの人に嘘をつくことは出来ないのだと悟った。
「ちょっと待っててください」
そういって受話器を戻した。
「母さんが帰ってきてんのバレてる」
「バレてるわけないじゃん…あ、いや、ごめんね。なんでもない。ちょっとだけお母さん話してくるから、ハンバーグ焼いて食べてて良いよ」
「…うん」
そして、約一時間ほど母さんは帰ってこなかった。
俺はハンバーグを焼き終え母さんの帰りを待っていた。けれど、母さんは帰ってくるとすぐに泣き出した。
大人の癖にみっともなく泣き出した。
「母さん、俺がハンバーグ焼いたから食べよ!」
「ごめん。そういう気分じゃない。ひとりで食べて良いよ」
母さんは、タオルで顔を押さえたまましばらく腰を下ろして動かなかった。
俺は結局自分で焼き上げたハンバーグを独りで食べることになった。
久しぶりに食べるハンバーグは俺好みの味付けで美味しいはずのに…。
「…不味い」
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