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花ひらいた世界
「ごめんね。言えなくて」
留置所の面会室。
ガラスの向こうで、優雨がうつむいた。
「仕方ないよ。親子だもん」
「本当はね、家事よりも何よりも、アレが嫌だったんだ…… 少しの間でも、誰かに代わってほしくて。謝って済むことじゃないけど…… 本当に、ごめん」
「謝るのは、こっち。『お父さん』 殺しちゃったし、『美沙』 に戻れなくしちゃったし」
わたしたちは話し合いの末、魂を元に戻さず、このままでいることにした。
魂交換後の優雨は、たまに壮絶な喧嘩をしながらも、あの家で予想外に上手くやっている。罪を犯した身に戻る必要など全くないのだ。
「本当に、それでいいの?」
「うん」
あの夜、美沙の父親を殴りながら、わたしは自分の望みを悟った。
―― わたしはずっと、わたしを便利な物のように扱いながら、わたし自身を見ない人たちを、壊したかったのだ。
その望みを無意識に抑えていたから、わたしは何も感じられず、何も望めなかったのだ ――
あの瞬間、全身を突き抜けるような怒りが花ひらかせた世界は、これまで見た何よりも、鮮やかだった。
風呂場の暗い灯も、吹き出て水を赤く染める血も、全て。
そして初めて、わたしは世界を愛した。
たとえこの世界がどんな場所あっても、たとえ、わたしが何者であっても。
わたしがわたしを手放さない限り、生きていることは美しい。この世界は、美しい。
「わたしは悪人だけど、それでも、生きるよ」
泣き出した優雨の前で、わたしは心からの笑みを浮かべていた。
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