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「違う……私の名前は藤井紗栄子……とっくに三十路に入ってる……」
「判った、判った」
投げやりとも思える声が髪にかかり、紗栄子は男の胸を叩いていた。
「もう! 信じてないでしょ!」
「役者に転向するつもりか? まあ付き合ってやるけど、ほどほどにな」
ポンポンとなだめるように背中を叩き離れようとする男の腕を掴んでいた。
「あなたは! あなたは誰なの!」
男は肩を竦め、呆れた溜息を吐きながら応える。
「岩波真治、25歳。付き合って4年になるお前の恋人」
「──恋、人」
思わず復唱していた。ならば一緒に朝を迎えるのはあってもよいことだ、乱暴で同意がない行為はいかがなものだとは思うが。
「そんなはず……私、3年も、彼氏なんて……」
呟く紗栄子の髪を優しく撫でるが、吐いた溜息は完全に疲れている。
「ともあれシャワーでも浴びてきな。それからゆっくり話をしようや」
紗栄子は頷きベッドから降りた、だが歩き出す前に足が止まる。
「──お風呂、何処?」
そもそも部屋の構造すら判っていない、出入口は先ほど真治が出入りしたから判るが、他にもあるドアは開けたらどうなっているのかも判らない。
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