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だが一番は、母の痕跡を消したかった。幼少期は自分にそっくりだと言って撫でてくれたのが嬉しかったのを覚えている、だが、存在を消されるようになってからは疎ましくてしかたなかった。
愛しているが、憎い母、その母の遺伝子を受け継ぐあの体がなくなれば──そうだ、そのために自分は生まれ変わったんだと納得した。
すうっと体が動いた、先ほど見たキッチンにある包丁、それを使えばいい。
まな板の向こうに置かれたそれを掴んだ、何度か真治に料理を教わるために握ったことがある、苦手意識ばかりで真面目にやらなかったが、今度はもっとちゃんと教わろうと心に誓った。
真治のために食事を作ろう、きっとそれが真治に愛される秘訣だ。料理だけじゃない、掃除も洗濯も、真治は無理強いはしなかったが、きっとそれを率先してやれば真治も認めてくれるはずだ──空羅は音もなく紗栄子の傍らに膝をつく、それに真治が気が付いた。
「空羅──」
無表情なまま、無造作に包丁を持ち上げるのが見えた。
「空羅!」
咄嗟に空羅の手を掴もうと伸ばした、しかし空羅の反射神経も負けていなかった、すぐさま手を引いてしまい、刃は真治の手を掠めた。
「──つっ……!」
「邪魔しないで」
空羅は再度包丁を掲げる。
「もっと早くこうすればよかった」
脳裏に出てきたのは母の顔だった、あの母を殺せば、自分はもっと楽に生きられたのではないか。
青ざめた『空羅』の顔が目に入った、母から逃れようと、大金をかけて変えた自分の顔が。
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