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「──壊す」
顔面目掛けて包丁を振り下ろした、だが『空羅』の顔が瞬時にいなくなる。
「──な?」
真治が引き寄せ抱きしめていた。
「よせ、空羅、もしかしたら戻れるかもしれないのに」
「この場で同時に死んだら、戻れるかもしれない」
「それは──」
無理かもしれない、と真治は思う。
ふたりとも、ひと月ほどのタイムラグがあったのだ。それだけの時間が必須ならば、ふたりの肉体は維持できない。
その時紗栄子が大きく咳き込んだ、大丈夫かと覗き込む真治の視界の端で空羅が飛びこむように動いた。紗栄子に体当たりでもするように──その意味を瞬時に判断し、真治は身を挺して紗栄子を守る。
空羅から隠れるように抱き寄せ自らの背を空羅に向けた、小さな衝撃の後真治が耳元で呻くのを紗栄子は聞いた。
「……真治、くん……」
空羅の小さな声に、紗栄子は咳き込みながらも何が起きたのか判断しようと体を離した。真治の腕はずるりと紗栄子の体から離れ、床に手をつき体を支える。
「なんで……なんでよ……」
空羅の声が呆然と響く。
「なんで、その女をかばうのよ!」
真治は引きつった笑顔を見せる。
「俺にとっての空羅は、こいつだからだよ」
言い切り、はあ、と大きなため息を吐いた。紗栄子には何が起きているのかわからない、空羅は大きな声を上げ泣き始め、両手で顔を覆った。
その手にあったはずの包丁は──最悪の可能性を否定しながら紗栄子はそれを探す。床にはない、何気なく真治の体を撫でたとき、硬いものにぶつかった、耳元で真治が「つ」と声を上げる。
「え──」
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