【忘れられない人】

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無欲だった空羅の強い願望だ、答えてやりたいができないと真治は大きなため息で応えた。 空羅はそっと真治の手を解く、それは簡単に外れ力なく床に落ちた。 背後で紗栄子が泣きながら助けて助けてと繰り返しているのが聞こえた、きっともう助からない──空羅はゆっくりと立ち上がる。 「真治くん、大好き」 初めて好きになった人だった、人を信用していなかった空羅が、初めてすべてを託したいと思った相手だった。 ずっと、そばにいたい。 ふらりと部屋を出た、解放廊下を歩き、その突き当りにある非常階段へやってくる。 眼下にあるのは、一方通行の細い車道だ。両側にある細い歩道にはまばらに人がいる。 「真治くん……あの世でなら、一緒になってくれるよね……?」 魂でなら、自分を認識してくれるだろうか。 手すりに手をかけた、小学四年生の体はなんとも小さいと思う。鉄棒に乗るように勢いをつけて上がると、手すりの上にまたぐように腰を掛けた。 「真治くん……一緒に行こうね」 つぶやき、体を外へ向けて倒した。なんの躊躇もないその動きに体は自然と落ちていく。 「真治くん……」 空に向かって手を伸ばしていた、抱きしめてほしいと祈りを込めて。 ドン、と大きな音がしたのは車の屋根の上だった。たまたま通りかかったバンの上に背中から激突してしまう。すぐには停まらぬ屋根の上を転がり、アスファルトの上に落ちた。その時周囲の叫び声や絶叫が響き渡る。 肺が潰れた感覚に、喉の奥底からうめき声が上がる。
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