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現に体は空羅なのだ、なんの問題もない。
紗栄子は改めて包丁が刺さるその場所を見た、確かに深さほど出血はないように見えるが、元がフワフワなバスローブだ、その下はどうなっているのか、想像するのも怖い。
(早く、来て……!)
1分、1秒がこんなにも長く感じたのは、初めてだった。
真治が目を閉じ大きなため息を吐いた、そんなことに焦りが増す。
「やだよ、真治くん、死んじゃ嫌!」
手を握り髪を撫でれば、真治はうっすらと目を開け微笑む。
「はは──そんだけ紗栄に心配されるなんて……怪我すんのも悪くねえなあ……」
その怪我は自分をかばってのものだと思えば、涙がとめどなくあふれ出す。
「馬鹿、バカ、ばか……っ! 怪我なんかしなくても心配するよ……っ! 怪我なんかしないでよ……!」
涙を拭おうと真治は紗栄子に握られた手を伸ばした、だが紗栄子はそうはさせずその指先にキスをする。
助かって、そんな念を込めて──ほとんど同じ時間にもう一台の救急車が呼ばれたことなど、紗栄子も真治も、ついに知ることはなかった。
*
刃渡り15センチの包丁は、肋骨二本に傷をつけ、しっかりと肺にまで達していた。幸い心臓は避けたおかげで命こそ助かったが、緊急手術は3時間を要した。
痴話げんかが過ぎたという言い訳を、病院も警察も納得してくれた。
真治に処罰感情がなければ特に事件にもしないという言葉に、ふたり揃って安堵した。
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