3人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「色々心配なことはあるけど…。どうしてそこにしたいの?」
「立地がいいし、家賃もそれなりで条件がいいんだ」
「男性募集なのに?」
「そう、そこ以外は完璧なんだよ」
「普通は諦めるんじゃ……」
「なんかね、電話したら、面接?話?を一回やって決めましょうってなって。それさえ突破すれば、あとはなんとかなると思うんだよね」
「うーん……」
じっ、と亜梨珠が私の顔を見る。
「名央ちゃんは女子の中だけでいえば、たしかにカッコイイよ。声だってハスキーだし。でも…、周りが男性ばかりだと、やっぱり女性だって分かっちゃうんじゃないかな」
「え〜、髪切ったけど男に見えない?」
「うん。私が見慣れてるからかもしれないけど」
亜梨珠は高校生のときからの友達。かれこれ十年…いや、十六年くらいは付き合いを続けてる。
「ま、話したときにバレたらそこでやめるよ」
「他の部屋は探した?」
「うん。でも、やっぱ高いんだよね。亜梨珠の家に何日も泊まるわけにもいかないし」
「私はいいんだけど……、俊輔も楽しそうだし」
「創司さんに悪いよ」
創司さん、亜梨珠の旦那さんだ。優しくてちょっと明るくて。お似合いの夫婦だと思う。結婚式に出たのがもう懐かしいや…。
「創司さんだって許してくれると思うけどな」
「夜泣きなら任せて」
「ふふ、うちに泊まりに来たときはいつも代わってくれるもんね」
「うん。とはいえ、やっぱり家族で過ごしてほしいな。それでね、亜梨珠」
「ん?」
ちょいちょい、と指先を動かして、近づくようにジェスチャーする。
亜梨珠は素直にちょっとだけ、私の方に顔を近づけた。
私は声をひそめて話す。
「引越し先のこと、夕真や家族には言わないことにしようと思ってるの」
「ご家族にも?どうして?」
「もし来られたら面倒だから」
そこで私達は元の距離に戻る。
「聞かれたら適当にはぐらかしておいて。本人に伝えますとか言ってさ」
「だから私には話してくれたんだ」
「亜梨珠にしか話せないって。そういうわけだから、なるべく男として見てくれない?今から準備しておきたい」
「がんばる」
「ありがと」
俊輔くんはまだ気持ちよさそうに眠っている。私達はどちらかともなく、互いの拳を軽く突き合わせた。高校生の時からの癖だ。ハイタッチだと音が鳴るから、こうやってこっそり、コンとあわせる。
今にして思えば、あの癖も正解だったかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!