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「はいどうもー。ガレットガレッドです!」
相方と一緒にスタンドマイクの前に立つ。この時間だけは俺たちのものだ。
芸歴8年目、社会人ならやっとこさ仕事を覚えて中堅なんて呼ばれる年頃だろう。
だが、俺たちのいる世界で8年目なんて
まだまだ若手に分類される。笑いの神、ヨンマさんをはじめ、お笑いビッグ3の方々は還暦を迎えた今尚、現役で活躍されている。
それに触発されてか、はたまた別の理由か知らないが、その下の中堅芸人と呼ばれる層も第一線で活躍し、全くと言っていいほど若手が座る席などない。
…だからこそ、…だからこそ、この時間だけは俺たちの物なのだ。
夜の公園での練習、そして幾たびの予選を経てゴールデン番組でネタができる。
たまに呼ばれるトーク番組なんかでは、どんなに爪痕を残そうと俺が話しても、中堅芸人の結束が強くその団体芸により潰される。
けれども今日この瞬間は違う。相方と俺、そして一本のスタンドマイク。その3つだけで、俺たちの世界を作る。誰にも邪魔されないたった5分足らずの持ち時間。その5分に全てを賭ける。
どうも、今日の相方は調子が良いようだ。俺もすこぶる調子が良い。こんなこと練習中だって一度も無かった。丁度歯車が噛み合って綺麗に回る、そんな出来の漫才だった。
その日の客席はドッカンドッカン受けた。テレビ越しのお茶の間も同じように笑っていたらしい。
8年芸人をやってきたがこんなに受けたのは初めてだった。
それを境に俺たちは売れた。
遂に芸人として花が咲いた瞬間だった。
これまで2ヶ月に一度テレビの収録に参加出来れば良い方だった。
それが今ではどうだろう休みなんて1日もない。
なんと嬉しいことか。
ある日俺は、トーク番組に呼ばれた。
『最近身の回りで起きた面白い話。』
それが今日の企画だった。
なんとも大雑把なお題だ。一応、俺もプロの芸人。トークのネタはいくつか持っている。しかし、最近になって忙しさに比例してネタが不足していた。
俺は自前のネタ帳を開く、いくつもトークのネタが書いているがその横には『〇〇局で使用済み』と書き込んでいた。
俺は頭を抱えた。もう30分もしないうちに番組ADがスタジオ入りを呼びかける。
「それまでに話す内容を決めないと。」
ネタを使い回すか?
いや、ダメだ。その手はもう何度か使ってきた。同じネタを使ってしまえば、気づく人は気づくはずだ。
もう時間がない。考えろ考えろ。
「ガレットガレッドさん、出番です。」
番組ADが呼び掛ける。
「は、はい!」
俺は普段以上に緊張しながら、スタジオ入りをした。
もう、これしかない。俺は意を決しその日作り話をした。嘘をついたのだ。
最初は罪悪感に苛まれた。
しかし、それも一瞬で吹き飛んだ。皆んなが俺の話で笑ってくれる。1つも真実などないのにゲラゲラ笑っていた。
「あー、なんかわかった気がするわ」
俺は相方に言った。芸能界の生き方が分かったと話したのだ。要はホラを吹けばいい。どんなに無様でもピエロを演じる。
そうすれば俺を皆んなが笑う。
こんなに愉快なことはない。
俺を滑稽だと笑う奴もいるが、実は俺の手の内で笑っているのだ。
それを思うとなんと面白いことか。
それからというもの俺は、分かりきっているドッキリにも大袈裟に引っかかった。
「やめて下さいよー。もー。落とし穴なんて懲り懲りですよー。」
丸見えの落とし穴。子役の演技。楽屋で起きる心霊現象。
そのどれにも引っかかった。
トーク番組でも自分の話はしない。
全部作った話をした。
皆んなが俺の話で笑ってくれる。
テレビを付ければ俺が出ない日はない。
金もいくら使っても無くならない。
女だって手当たり次第に抱いた。
これまでじゃ考えられない贅沢をした。
幸せ以外のなにものでもない。
しかし、どうだろう最近になって思う。
自分が出ている番組を見てもそこに俺はいないのだ。相方の横にいるのは俺の知らない男。そいつがニヤニヤ笑いながらトークをしている。
楽屋の鏡を見て愕然とした
「誰だお前は?」
反射して写る俺の姿は全くの別人だった。
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