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「次だ」と次弾を装填する側近。「斜陽の町のことか!」と勇者はあくまで突っ張っている。
「いや、今回もそうではない。嵐の国のことは覚えているな」
「当然だ! ここに至る道のり……人々との出会いは、全て明確に記憶している!」
「確かに気色が悪いな」と魔王。「ですよね」と側近も律儀に返す。さも幸福な思い出のように語る点は、極めて質が悪い。
「まぁ、そんなに記憶力がいいなら結構だ。知っての通り、あの国には英雄と知られる二人の若い男女がいた。男は記憶喪失ながら、戦闘に対する絶大なセンスと、温かな優しさを、女は類稀なる剣技と研ぎ澄まされた精神を持ち合わせ、あぁ、面倒見も良かったな。だから男を居候させているんだったか」
「あぁ、そうさ! 俺も戦士も、彼らのことは評価し、尊敬もしていた!」
「そう。暫らく行動も共にしていたしな。だが、ようやく近隣の主要な魔物を掃討しきった頃、英雄達に国から奇妙な要請があった。男の方には、森の奥に潜伏する邪教徒を制圧してほしいと、女の方には、一旦王城へ来てほしいという。女は当然従ったし、男もお前達に気を遣い、何も言わずに一人で森へ向かった」
「そうだ! 嬉しかった!」
今度の宣言はちょっと不味かった。魔王が首を傾げて、側近は「格好がつかないな」とこれまた律儀にコメントした。顔はまるで見えない割に、口数の多い男だ。
「まぁそれはいい。森へ向かった英雄が見たのは、どっこい彼の友人二人と、人間の手によって、身体の一部が魔物と一体化した者達だった。聞いたところによると、その者達が捕われていたのを、英雄と件の友人二人の計四人で、かつて救出したのだったか」
「らしいな!」
「不審に思い、英雄が二人――そうそう、やけに頭の固い男と、純真で無邪気な少女だ。その二人に話を聞こうとすると、背後から声が聞こえた。そいつらを殺せ。さもなくば、お前の相棒の命はない、と。声の主は勿論、王宮の役人だ」
直接は叫びにくい話になってきたからか、勇者が何か言おうとしてから、口をつぐんだ。とは言え熱意は滾っているようで、殺気を剥き出しにして側近を見つめている。
「質問をする前に、頭の固い男が全てを悟って説明をした。魔物混じりは国の魔術師の手により、兵器として生み出された。彼らはひっそりと生活しているだけだが、その戦闘能力は脅威に値する。特に国からしてみれば、いつ反逆されるか分かったものではない危険因子。先手を打って僕ら諸共滅ぼしたいと考えるのは、人間として当然だ。そこに君が……英雄が使われるのは、僕達の反抗を抑えるためだろうな、という訳だ」
「存外、話が早い」と言ったのは魔王だった。「人間のことをよく分かっている。魔族向きの男だな」
「違う!」
形式的な反発を飛び越え、勇者が感情を露にして彷徨を上げた。英雄達やその友人との交流は長く続かなかったが、そこには時間以上のものがあるらしかった。だが魔王は「どうだか」と一顧だにしない。人間の負の側面を報せられ、途端に元気になっていた。
「なぁ勇者」と側近。「どうせすぐに落ち着くんだろう? 一旦黙っていてくれ」
「黙るものか!」
今度は例の無意味な返しだった。側近は溜息を吐いて、大仰に言葉を続ける。
「頭の固い男は尚も余裕を崩さない。英雄の片割れが人質になっているという話も信じ、大方食事に毒でも盛って無力化したのだろうと推察した。そして、一定時間合図がなかったら、そのまま殺せばいい。合図が何かまでは、彼も分からなかったようだが」
「だろうな! それが当然だ!」
「そうなると、状況が分かったにも関わらず、英雄は前後不覚になってしまった。合図が不明な以上、無闇に役人に逆らえば、相棒にして大切な女性である人の命が危うい。しかし、友人達を殺す気にもなれない」
「それが人間だ! お前達には分からないだろう!」
「十全に分かるつもりだが」と側近が真面目な顔をする。「忘れていないか? 私達も生まれは人間だ。ただ人間を諦めたに過ぎない」
流石に否定一辺倒も疲れてきたようで、勇者は「知るか!」とヤケクソじみた声を上げた。今にも跳びかかってきそうな雰囲気だが、足はしっかりと床を踏んでいる。
「で、英雄は役人に急かされても、全く足が動かない。だがその時、彼の活躍が、最悪な形で実を結んだ。魔物混じり達が殉教者のような歩みで彼の元に並び、友人達もそれに倣った。そして無垢な少女は言う。私達は沢山助けられた。そろそろ恩返しがしたい、と」
この時こそ、人間の美徳について語ると思われた勇者だが、魔王達の期待を裏切って、見事に沈黙を守っていた。「叫ばないのか」と魔王が残念そうに呟く。
「英雄は尚も躊躇していたが、頭の固い男が今までの礼を言ったのを聞いて、何かの糸が切れてしまった。英雄は殉教者達の首を瞬く間に斬り落とし、役人の方を向いた。やがて役人はのっそり焚火の火を起こし、英雄を褒め称えた。知っているか? 奴は笑みを浮かべて言ったんだ。すっきりしたろう、って」
「知ってるさ!」
「だろうな。それも当然だ。何故ならお前達は、近くでその様子を見ていたから。気付かれないように、最初からずっと。もしも英雄が暴走したら、すぐに殺せるように」
一番痛いところを突かれて、勇者が目を剥いた。肩を震わせるその様子は、必死に痛みに耐えているようにも見える。
古くより、勇者達を送り出した国と嵐の国とは、深い友好関係にある。それ故に、嵐の国の陰謀にも、勇者達は付き合わされていたのだった。個人の道徳や主義よりも遥かに大きい、冷淡な歴史のみによって。
「どうする? ここから先は自らの口で説明するか? いや、お前にそれが可能なのか?」
売り言葉に買い言葉、と形容するにはいささか陰惨過ぎるが、ともかく勇者は「やってやるさっ!」と返事をした。しかしその数秒後には、すっかり脱力しきって淀んだ目をしている。「これも駄目かぁ」と側近も脱力気味となる。
「彼が王宮に戻ると、予定通り、彼の恋人は死んでいた。君が言う頭の固い男は、中々いいところまで一瞬で推察できていたけど、僕達の協力を勘定に入れていなかった。だから、彼女の死を予測できなかったんだろうね」
「弁論はいい。次を述べろ」
「分かってる。恋人が死んだと察した彼は、そこは頭の固い男の予想通り、大いに怒りを爆発させた。自分への怒りも多分にあったのだと思う。普段は使わない古代の術式も解放していた。彼は最初、王に刃を向けたけど、そこにはイレギュラーたる僕達が立ち塞がった。そうして、逆に彼を殺してしまった」
魔王がやや久々に笑みを浮かべて「いよいよ程度が悪いな」と嘲るように言った。これだから人間は嫌だ、と言外に発している。
それでも心の奥で気になるのは、やはり勇者の変貌振りだった。一度状況が行き詰まると、突然人が変わったようになる。これでは、ろくに勧誘もできないというものだ。
また、素材が誰よりも潤沢にある分、側近のもどかしさも相当なものだ。相手が正常な人間ならば、とっくに精神攻撃で殺してしまうか、魔族に引き入れるか、どちらかでもできているはずなのだ。それを精神力で封じるのならばともかく、気味の悪い饒舌で三度も跳ね除けられると、頭が痛くなってくる。
「確かに程度が悪いね。あんまりな悲劇だ。それで、戦士が僕に言うんだよ。俺達は誰を守っているんだろう、こんなことをして、なんになるんだろう、って。そんな疑念、抱かない方がいいのに。ノイズになるよ」
「では聞くが」と側近はめげずに茶々を入れる。「お前にその疑念はないのか。ノイズに足る感情は存在しないのか。そんな筈はない。お前は誰よりも、人を憎んでいる筈だ」
そこまで読めている訳ではない。必要なのは、憎悪を意識させることだ。人間、はっきりこうだと言われると、案外フラつくこともある。
ところが元の人間性――というか表面上のキャラ――がフラフラしている所為か、勇者は「勘違いじゃない?」と笑って返した。
「僕は勇者だよ。人の正義の現出たる勇者が、人を憎むとでも?」
側近は溜息を吐くか舌打ちをするか迷って、結局どちらもしなかった。ただ「傲慢な奴」と小さく毒づくに留めた。
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