頭にアルミ、心に鉄板、過去に虚無

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「どうします?」勇者の相手に困り果て、側近が魔王に問う。「まだ弾はありますが……」 「うむ。できれば撃ち尽くしてほしい。期待している」 「あ、そうですか。じゃあ善処しますよ、まぁ」 途端に対応が杜撰になった。魔王はそれに呆れつつ、自らの不甲斐なさを嘆く。勇者と真っ向から戦ったとしても、勝ち目はほぼない。側近が生きていれば多少はなんとかなるかもしれないが、早急に処理されてしまうだろう。それは返り血塗れの勇者を眼前に捉えた時、すぐさま分かったことだった。 今は何故だかワンワン喚くか、急に性格が丸くなるかの二択だが、何も言わずに向かってこられると、魔王としては困る。かなり困る。可能なら、今そうしているように、ずっとニャンニャン喚いていてほしいところだった。 「さて勇者、次だ」 「斜陽の町でのことだなっ! 今に木端微塵にしてやるぞ!」 突然に口調が荒くなった。今まで確認されなかった変化に、側近は口を歪ませるが、一先ず無視することに決めた。 「新月の里にて、お前は仲間の一人であった魔法剣士と別れなければならなくなった。才気溢れる彼女の離脱は戦力的にも大きな痛手となったが、お前と戦士の二人にとっては、それ以上に精神的な苦痛が強かったことだろう」 「当然そうだ! 別れが辛くて悪いか!」 「いや、辛くていい。それでいい。彼女は剣術も魔術も共に秀でいていたが、お前よりも年若い子供だった。少女と言ってもいい。その少女を一人で見知らぬ地に置いていくことは、重大且つ深刻な決断だった。あれ以来、お前達の道中に笑顔が欠片もなかったことが、それを証明している」 「そういえばそうだったかもな!」 「だが問題は、彼女を置いていかねばならない理由にこそあった。そもそも、彼女は立て続きに襲い掛かる脅威、否、悪徳に痛めつけられ、あの里へ辿り着いた頃には、既に憔悴しきっていた。それでも笑顔を絶やさなかったのは、彼女の健気さ故か」 「知っている! お前が彼女を語るな!」 「……あぁ。すまない」 えらく小声ではあったが、初めて側近が勇者に謝罪した。勇者が驚きに目を丸くし、それからほんの一瞬だけ悲しげな面持ちが浮かんだが、それはすぐに霧散した。 それは本当に一瞬のことだった。 「しかし、事態は急変した。お前達の侵攻ルートは隠匿されており、デコイも多数存在する故、我々も動向を正確には察知できていなかったが、あの時は違った。我欲のために、魔族と取引をした者がいたからだ」 「そうだ! お前達は人間の弱味に付け込んで悪事を働く!」 「そうだな。で、そこにお前と戦士二人の行動が丁度良く重なった。魔法剣士の疲労が大きいと判断して、お前達は二人で近隣の魔物の討伐に向かった。まぁ、それを悪手とは言わない。運が悪かったな」 「ふざけるなッ!」 空間を裂くような怒号に、魔王と側近が揃って身を震わせた。 「あれが不運だと!? 馬鹿を言えッ!」 魔王は「あれはどの意味だ?」と弱々しく尋ねるが、対する側近も「さぁ……」と答える他にない。 魔族が悪いというのか、人間が悪いというのか、あるいは、自分の所為だというのか。 「ともかく、魔法剣士が一人になったところで、魔族側の人間が芝居を打った。手筈通り、魔族に攫われてみせたようだな。こうなると、彼女は疲労がどうのとお前達に言われたことも忘れ、その魔族を追跡し始める。魔族からすれば、勇者一行の三人中二人が不在だと知っている上で行動するのだから、こんなに楽なことはない。心の弱い人間さまさま、といったところか」 「黙れ! 元々は貴様達が……」 「いや、青年の行動は全く自発的なものだろう?」 「それは……それはそうだ」 それはそうだ。誰の指令も聞かず、独自に動いている勇者の居場所を知っている人間は、即ち勇者と同じ地点にいる人間となる。もしも目をつけられるならば、勇者の行動も把握していて然るべきだが、そんなことはない。順序が逆だ。 そのことは認めざるをえないから、勇者は叫ぶでもくどくど喋るでもなく、ただ尻すぼみに言葉を発した。「黙ってりゃいいのに」と側近は呟く。 「さて、魔法剣士は間もなく包囲され、有力な魔物・魔族達と単独で戦う羽目になった。勝利こそしたが、その代償は大きい。お前達が派手な戦闘を察知し、現場に辿り着いた時には、魔力は枯渇し、剣は折れ、利き腕が使い物にならなくなっていた。全身に重傷を負い、一人では一歩も動けない」 「そうだ! だが生きてくれていた! 意識もあった!」 「一応はな。近くで震えていた裏切者をお前が斬ろうとした時も、彼女は必死に止めようとした。お前も彼女の願いを聞いた。そして、戦えなくなった彼女を里に預け、お前達は先へ進むことになる」 「振り返っている暇はないからな!」 猛々しい勇者を見て、魔王が溜息を漏らした。いつものように人類を憂うようではなく、ただ単に勇者の行動に辟易していた。 「では勇者よ、その血は誰のものだ?」 そういうことだった。 記憶もクソもない。ほんの少し前に起こった戦闘の経緯と結末は、勿論魔王も知っている。が勇者に及ぼす影響も想定した上で、精神攻撃をけしかけているのだから。 ただ、魔王や側近にも人の心が僅かばかり残っているから、についてあれこれ言及するのは、流石に躊躇いがあった。当事者達がそう思うのも勝手な話だが、目的のために冷徹な行動を取るからと言って、心まで冷徹まっしぐらとは限らない。 そもそも、人間が魔族に変じた理由の多くは、悪徳に塗れた人間を粛清し、清らかな者だけを選別して理想郷を創るためだ。それが世界を壊すということだ。そのために合理的な行動は取るし、手段も選ばないが、それだけだ。多くは理性を有しているし、道徳心の欠片程度はある。大規模で過激な邪教徒集団と言ってしまえば、それで事足りる。 だから、その行動の特性を如実に表したようなは、魔王達にとってもあまり面白いことではない。土台、やりたくてやっていることなど一つもなかった。 人を救うと言いながら、人を傷つけ、清らかな若者をさえ存分に利用する。そんなことが楽しい人間は、魔族にただの一人もいない。 ただ、そんなことは勇者にとって些末事。体を焼くような体温の上昇、抑えきれない激情に突き動かされ、とうとう勇者が地を蹴った。彼は側近が瞬く間もなく魔王の眼前に迫り、血を浴びて赤く染まった刃を首元に振るう。 ところが、感情任せの行動は上手くいかないようで、必殺の刃は魔王がどこかから取り出した黒剣に防がれる。「冗談じゃない」ととうとう呟いたのは側近だ。 魔王は冷や汗をかきながら「まぁ待て。落ち着け。先ずは話そう」と必死さを隠しもしない。勇者は何故だかそれを聞き入れ、魔王から距離を取って剣を鞘に収める。安心した様子で、魔王と側近は目を合わせる。 「言わなければ良かった……加減が難しいな」 「全く、底知れぬ気持ち悪さだ。こっちに向かってこられたら死んでましたよ、私」 「うむ……」 なんて暢気に続ける魔族二人を、勇者は乾いた瞳で眺めていた。とは言え、それは何かを認識している訳ではない。ただ目がそちらを向いている、という話だ。 「ごめん」と勇者が言った。魔王が身を竦める。 「突然斬りかかるのは無礼だったね。君達に喋らせておきながら、勝手だった。殺したのは僕なのにね」 「いや、まぁ……」と側近。「怒りは尤もだ。かつての仲間を殺させられれば、怒るだろう。普通は……」 勿論、側近達の前に気だるげに立った勇者は普通でない。数瞬前、感情に身を動かされた勇者はまだまともかもしれないが、今は違う。人間味が欠落している。気持ちが悪いだけだ。 「どうやら話し辛いようだし、さっきみたいに僕から話そうか。都合がいいよね? そちらの方が」 「それはそうだが……」 先程、勇者本人に語らせたのは、自らの悪行、人類の愚かしさを意識させるためだ。ところが、魔王達にフランクに話しかけてくる今の勇者に、そんな思考があるようには見えない。そもそも感情の一切が見えない。 側近が知っているのは記憶だけで、その感情はてんで分からない。最早何が何やら、である。意味があるとも思えないが、勇者が話すと言うのだから話させればいい。そんな程度の考えしかない。他には、気持ち悪いと思うだけ。 「君達魔族は僕と戦士の位置情報を失ったけど、魔法剣士が里に残されていることは知っていた。だから君……えっと、側近さん? 側近が彼女の元に向かい、先程僕を苦しめた術を用いて、彼女を魔族に引き入れた。ということでいいのかな」 「……あぁ」 おぞましい行動を口頭で伝えられ、寧ろ側近の方が重苦しい声を発した。魔王は気まずそうに沈黙している。
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