頭にアルミ、心に鉄板、過去に虚無

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「彼女が寝返るのも仕方がないよね。あの前にも色々あって、最後も人間に痛めつけられたようなものだから。あのままでも、いずれ死んでいたろうし。僕との直接対決が実現すると、流石に怯んだみたいだったけどね。予想はしていただろうに。 あの子、本当に可哀相でさ。僕を見るなり、もう止めよう、って。こんなことしてなんになるのって言うんだ。戦士と同じだよね。二人とも育ちが良くて、清らかだからかな。不幸だなぁ。あんなくらいになるのなら、僕の旅になんて同行しなければ良かったのに。そうすれば幸せに暮らせたかもしれない。 どうして寝返ったのか聞くと、彼女は人類が云々とは言わなかったよ。もう疲れた、もう嫌だ、もう耐えられない、そんなことばかり口にして、敵の前で泣いてみせた。才能はあったけど、戦いに向いた子じゃないんだね、やっぱり。 僕と戦おうとはしなかったし、僕にも戦わないでほしそうだった。魔王の側についておきながら、まだ人間を信じているんだ。切実な願いならば、仲間ならば、言葉を聞き入れて貰えると思っている。当然、僕だって戦いたくはないし、彼女の言葉を聞いてやりたいとも思う。けれど、そういう訳にもいかないでしょう? 本来なら、もう止めようって言いたいのは僕だよ。彼女がずっと休んでいてくれれば、僕だって彼女を斬らずに済むんだ。だのに、僕が剣を抜いた時、彼女はもう目の前が真っ暗になったみたいな様子で、呟くんだ。どうして、どうしてって……知ってる? この言葉、結構効くんだよ。信頼を感じられるかな。それを踏み躙っていることも。 だからと言って説明する余裕もないから、僕は逃げ回るだけの彼女に刃を向けた。それでも、彼女は最早魔族で、既に戦士もいないから、英雄相手と同じようにはいかない。速やかには殺せず、ずっと悲鳴を聞きながら、肉を斬る触感を味わい続ける羽目になる。あれは嫌だねぇ。二度としたくない。 元は仲間だよ? お互いが余分に傷つかないよう、庇い合って、協力して敵を倒してきたんだ。そんな人に刃を向けるなんて、気分の良いことではないよ。しかも、相手は剣を構えこそすれど、防御ばかりで攻撃なんて全くしてこない。向かってきてくれれば、まだいいのに。 けれど、黙って首を差し出す程ではないんだね。僕は彼女をしつこく攻撃して、なるべく痛くないようにはしつつ、機動性を削いでいかなければならなかった。そうすると、彼女は一々泣き喚くんだ。彼女、魔物を相手取っている時は、そんなことなかったんだけどね。相手が僕だと、痛みもひとしおってこと? 嫌だなぁ。 合理的にものを言うならば、彼女が即座に諦めてくれれば、あんなに苦しまないでも良かっただろうと思う。最初は切り結びながら魔法でダメージを大きくして、それから斬り易い左腕を狙ったんだ。彼女は左側への意識が若干薄いからね。仲間だから、それくらいのことは知ってる。 斬り落とされた自分の腕を見て、それから僕のことを見て、彼女は一拍遅れて絶叫した。そうして、僕の名前を盛んに呼ぶんだ。あそこから、制止の雰囲気が少し変わったね。戦いたくないっていう調子から、僕に斬られたくないって転調した。命乞いって様子じゃないけどね。彼女はそこまで弱くない。 ただそれとは別に、彼女は全身を上手く使って動き回るタイプだったし、バランスは乱れるわ、痛みが酷いわで、動きが目に見えて悪くなった。そしたら、次は剣を弾いて、どうにか右腕を斬ることができた。彼女は泣きじゃくりながら後退りして、それでも言葉を続けた。お願いだから、って。 彼女はとうとう首筋に刃が振るわれるまで、戦いを止めるように哀願し続けていたよ。全くの無駄なのに。あんなことは抵抗にもなんにもならないのに。 彼女は結局、どうしたかったんだろう。僕にも魔族になってほしかったんだろうか。そうして、人類を粛清する? いや、恐らく違う。君達もそれが分かっていて、彼女を利用したんだろうか。 推察するに、一度は人間に絶望し、魔族になりこそすれど、彼女は人間の選別など望んではいなかった。しかし、君達のような一部の過激派のとばっちりで狩られるであろう、多くの良心的・厭世的な魔族にも同情していた。それで道を模索していたのかもしれないが……まぁ知ったことではないね。魔族である以上、魔王との戦いに手を出してくるかもしれないし。それは邪魔だよ。 で、僕はどうにか苦心して彼女を殺害し、そのままの姿で君達の前に現れた。まぁ、こんなところかな? ちょっと辛いね。あまり思い出したくないな」 愕然。 驚愕も憤怒もない。魔王達は勇者の言動にすっかり愕然し、感情など消し飛んだまま、ぽっかり口を開いていた。それ以外に、術を知らないのだ。 先程までの呆れ、辟易、困惑、そんなものの比ではない。勇者の長台詞に一切言葉を挟めなかったのは、その非人間的な様子に圧倒され尽くしたからだ。自分を騙しつつ辛うじて生きている魔王と違い、側近には己の心が死んできている自覚がある。その側近でさえ、もう言葉を紡げなくなっていたのだから、相当だ。 勿論、勇者の言葉の内容は、多くが側近の暗躍に由来する。内容に対してどうこうは言えない。もし、勇者が魔法剣士を殺さなければ、つまり、精神攻撃に利用できないようであれば、操ってでも戦わせるつもりだったから。 だが、ここで重大なのは、自分の行いをひけらかすように、勇者が事細かに口にしていること。まるで異常性癖者か、自己顕示欲の強いイカレ野郎だ。 単に陰湿になるのならば、それは自己防衛行動として説明がつく。魔王達もうんざりしたり、申し訳なく思うことができる。だが、聞いてもいない悲惨な光景を饒舌に余さず語り、それを辛いなどと軽率に口にされては、理解が追いつかずに立ち尽くす他はない。 「まだ足りない?」と勇者が口にして、ようやく側近が正気を取り戻した。「結構だ」と言葉を絞り出し、拳を握り締める。突き立てられた爪の周りから、血が滲んでいた。 魔法剣士が犠牲になった責任の大半は、自ずと彼に圧し掛かる。だが、その彼自身が、勇者の言葉に強い反発と怒りを感じつつあった。相手が相手なら、既に掴みかかっているところだ。 彼とて、本来ならば自分が怒りを向けられる筈であることは悟っている。だがだからこそ、淡々と、しかし精密に仲間の殺害劇を物語る勇者が、どうしても許せなかった。精神を揺さぶろうと必死に喋っていたことが、今更になって馬鹿らしくなった。ほんの少しでも気遣いを見せてしまったことも。 勇者に向けられた気持ち悪い奴という認識は変化し、存在が許されない悪鬼という凄惨な言葉が与えられた。それはなんの誤解もなく、彼の性質を示すに足る言葉だった。 続けて正気に立ち返った魔王が「怒らないのか」と低く呟いた。威厳も演技も何もなく、思ったままの言葉を口にしていた。 元より、人類に過度な期待をし、理想と現実の乖離から悪に堕ちたような男だ。目の前に人間の皮を被った鬼がいれば、蓄積されていた途轍もない怒りが顔を出し始める。 側近と素直に話していたように、根は温厚だ。安易に怒りは噴出させたがらない。だから、相手が人として生まれたモノであると、努めて思い込もうとしているのだった。 「さっきみたいに? 君達に対して?」 「あぁ」 「それはおかしいよ。君達がすることに対して、どうこう言っても意味がない。僕は僕しか自由に使えないんだ。それなのに全てしくじった。悪いのは僕だよ」 その言葉に虚偽はなかった。彼は魔王達に激怒しているように振舞ってはいたが、その怒りは全て翻って自分に向いていた。きっと、それは誰にも理解されないだろうが。 事実、魔王はその常人ぶるような言葉に殺意を漲らせ、側近は侮蔑の目を向けた。仕方がない、と勇者は思う。本当はこれが正しいのだと。 だが、魔王達が死ねば、誰も勇者を非難しなくなる。責めなくなる。罪を追及しなくなる。彼はその未来を読んでいた。 救いなどない。 「で、どうする? まだ話す?」 二人はもう何も言わない。それが意思表明であった。魔王の瞳は、最前の勇者のように、怒りでギラギラ光っている。 虚無だけを抱えた勇者と比して、異形と化し、修羅の道を歩んでいた筈の魔王は、余程情緒が強いようだった。誰も彼もそうだ。何故にそんな姿勢で生きていけるのか、勇者にはよく分からない。 勇者が改めて剣を抜き、やがて二人分の首が落ちる。この行為になんの意味があるのか、到底分からなかった。戦士と魔法剣士の言葉が蘇る。こんなことをして、なんになるのか…… 問いに答える者はいない。答えを見出すことも望まない。ただ、馬鹿馬鹿しいなと思って、彼は喉元からせり上がってきた言葉を口に出した。 「甲斐のない生涯だな」と、悪鬼は言った。
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