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「妹を探しているんです。よろしくお願いします」
もう一度、通行人に向かってビラを差し出す。
今度は受け取ってくれる人がいた。
普段、すれ違う人たちの顔を気にするタイプではないけれど、誰もに無視され続けたなか手に取ってくれたこともあり、その老紳士のことが妙に視界から離れなかった。
奇妙な格好をしている、というのが第一印象だ。
日も沈みかけ、辺りは暗くなりはじめていたのに、サングラスをかけた老紳士は日傘をさしていた。黒のスーツを着ていたせいか、病的なほど白い肌が際立っていたのを覚えている。
色のない人々の群れの中で老紳士だけが浮き上がって見えて、いつの間にか雑踏へと消えていく。
いま思えば、それがぼくらの物語の始まりだったのかもしれない。
そして、「物語」はぼくの知らないところで勝手にシナリオを書き換えられていくのだろう。
ヴヴヴヴ。
振動と共に上着のポケットに入れていたスマートフォンの呼び出し音が鳴る。ぼくはそれを取り出し、画面の通知を確認した。
親友のダレンからだ。
『よお、ロッソ。そっちはどうだ』
通話ボタンを押すと、すぐにダレンの声が聞こえてきた。風の音で向こうも屋外にいるのがわかる。
「……全然だね。シャロンの目撃情報どころかビラももらってくれないよ」
『俺も。もう一週間が経つのな。流石に心配になってきたぜ』
この時点で、シャロンが行方不明になってから一週間が経過している。
ぼくが本気で心配していたのに、男の家にでも泊まっているんじゃないかと言ったのはこの男だ。もちろん、その後はシャロンを探すのを手伝ってくれているけれど。
『捜し方を変えるべきなんかね』
ダレンはため息混じりにそう呟く。
確かにその通りだった。
シャロンがいなくなった翌日から捜しはじめ、街中にビラを貼り、妹が通う高校にも聞き込みに行き、彼女の友人に居場所を聞いても、誰一人として知る者はいなかったからだ。
警察に相談しても無駄だっただろう。彼らは別の事件で忙しい。
『まあ、まずは腹ごしらえだ。朝からずっと立ちっぱなしで腹が減った。いつもの場所で落ち合おうぜ。お前も朝から何も食べてないだろ』
「わかったよ……」
『それじゃ、〈フロム・ダスク・ティル・ドーン〉で』
ダレンとの通話が切れて、その場でぼくは立ち尽くす。
初めから喪われていた希望を諦めていれば、ぼくは全てを無くさずに済んだのだろうか 。
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