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思わず、生唾を飲み込む。ポテトを摘まんでいた手の動きが止まる。
なぜか、ダレンはにっこりと笑って、
「彼氏が出来ましたってな」と、ウィンクした。
「冗談はよせよ」
ふてくされたぼくはダレンを睨みながらも、内心、ホッとしていた。
暗くなりがちなシャロンの話題に冗談を言って気を紛らわせてくれるのはありがたい。たぶん、ぼくが正気でいられたのはダレンがいたからだろう。
とはいえ、ダレンにシャロンを会わせたことはなかった。いい奴だが、チャラ過ぎる。
可愛い女の子を見つけると、すぐに声をかける手合い。それで付き合った女性が何人かいるのだ、ダレンは。
突然、親友がお兄さんなんて呼び始めたらたまったもんじゃない。
だから、ぼくはシャロンを紹介したことがない。
いつも「彼女」のことを話すので、何度か会ってみたいと言ったことはあるが。
それなのに、妹を探してくれたのだ。
ダレンの生活も大変なのは知っていたけれど、仕事を休んでまで、ぼくを手伝ってくれたのは今も感謝している。
「なあ、そんな顔をすんなよ」
と、言ったダレンはまだにやついていたが、視線が明後日の方向へと泳いでいって、その顔が次第に曇っていく。
「また例の殺人鬼が人を殺したみたいだ」
ぼくもつられて、視線の先を確認する。
カウンターの天井付近にたて付けられた棚にはテレビが置いてあった。
ちょうど画面の中でニュースキャスターが、町の住民たちを震え上がらせた連続殺人犯の新しい被害者が見つかったことを告げているところだ。
『今朝未明、頭部が切断された遺体が発見されました。遺体の身元は特定できず、十代から二十代の女性と思われ、警察はーー』
「エド・ゲイン。チャールズ・マンソン。みんな、下卑た好奇心を刺激してくれる、ポップでキャッチーなゴシップが好きだよな。知ってるか。それらの「物語」に影響されたショボい映画が、今も毎年のように作られ続けているんだぜ」
皮肉っぽくダレンは言う。
実際、店にいた誰もがテレビの小さな画面に夢中になっている。ウェイトレスも自分の仕事を忘れて棒立ちになって、厨房にいたコックさえもカウンターまで出てきていた。
スナッチャー。
それが、町中の人間が注目を浴びせた存在の名だった。
被害者たちの身体の一部を奪うのが特徴で、二ヶ月ほど前に最初の遺体が発見され、その次の月にもう一人が殺されている。二人とも女性だ。
ニュースによれば、一人は片手を失っていて、二人目は両足を取られていたらしい。普通、すでに埋葬されているはずだけれど、彼女たちはまだ死体安置所で保管されているようだった。
他の州でも似たような事件がいくつか発生していたから、それと同じ犯人よるものだという者もいれば、全く別の人物だという者もいる。
とはいえ、警察は未だに容疑者さえ見つけられていない。
「今、この町で一番の有名人だよ、スナッチャーは」
その裏で、シャロンはひっそりと行方不明になっている。
「あっ、そうだ」
パチンッと、ダレンは指を鳴らした。
「死体安置所に今夜、入ってみるってのはどうだ」
「……死体安置所に」
「そう、モルグだよ。夜中には遺体が運びこまれているはずだろ。もし、それがシャロンじゃないなら、スナッチャーには殺されていないってことになる」
ぼくは無言で頷いて、残っていたサンドイッチとフライドポテトを平らげた。
いつの間にか、ダレンはオムレツを食べ終えていて、白い歯を見せる。
「俺が言ったとおりなら、今度メシでも奢れよ」
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