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目覚め そして異変
目を覚ますと見たことのない部屋にいた。
どうやらまた、暑さにやられたらしい。
それにしても……。
「ここ、どこ?」
雪姫が疑問を口に出し、首を傾げたとき、
「宿ですよ、雪姫様。」
知らない声が聞こえた。
驚いて声のした方向に目を向けると、
「暑さに弱いのは相変わらずのようですね。姫君……私のことを覚えていますか?」
笑みを浮かべて、立っている男がいた。
少し薄いピンク色の髪に、真紅の瞳。
まったく知らない男だった。
だが、男はまるで雪姫が自分のことを知っているような言葉を使った。
そのことに雪姫は、困惑せずにはいられなかった。
「あなた……」
―――誰?そう、問いかけようとした言葉が止まった。
「……心夢」
そして、別の言葉が雪姫の口から紡がれた。
(……名前…?)
その言葉が名前だとわかるのに、数秒かかった。
そして、無意識に紡がれたその名前は、全く知らない名前だった。
そのことに、戸惑っていると
「よかった。3か月ぶりなものですから、私のことなど覚えてらっしゃらないかと思いました。」
安堵の表情を浮かべる目の前の男―心夢の言葉に雪姫は、言葉を失った。
雪姫の口にした名前に反応した。
それは、目の前にいる男がその名の持ち主ということだ。
だが、雪姫はこの男―心夢のことを知らない。
その事実は、雪姫を混乱させるのに充分な事態だった。
「えっと……心夢さん?」
混乱している頭を整理しようと、目の前にいる心夢(なぜ名前を知っているかは分からないが)を呼んでみた。普通に返事を返してくると思っていた。
だが、呼ばれた心夢は、訝しむような目を雪姫に向けた。
「……姫君?どうされたのですか?いつも私の名前を呼ぶときは呼び捨てのはずですが……いえ、いつもということは関係なくあなた様のような方が私ごときに敬称などいりませんよ……」
どうやら心夢は、雪姫にさんづけされたことに戸惑いを感じているらしい。
それ以外にも気になる発言があった。
(あなた様のような方?)
「あの……心夢さん?で、あっていますよね?…なんで私の名前をご存知なんでしょうか?それになぜ、私のことを姫君とか、様付けで呼ぶんですか?」
いまいち状況が呑み込めない雪姫は、とりあえず、心夢に疑問をぶつけた。
今は、目の前にいるこの人物だけが、雪姫の求める情報を引き出せる人物だからだ。
だが、雪姫の言葉を聞いた心夢は目を見開き、叫んだ。
「何を……何をおしゃっているのです!?……この国の王女であらせられるあなた様が!?」
驚きと混乱を含む声は、部屋の中で大きく響いた。
「……王女?」
一瞬思考が止まった。
思考が戻ってきた次に訪れたのは、混乱だった。
(今、この青年は何と言った?…王女?私が?……私はいつ、そんなものになったんだろう?)
心夢の言葉に思考を奪われた雪姫は、部屋に近づいてくる足音に気付かなかった。
そのため、激しく開かれた扉の音に雪姫は、大きく肩を揺らした。
「雪姫!」
大きく響いた叫び声は、意識を失う前に聞いた声によく似ていた。
その声に導かれるように、雪姫は扉に目を向けた。
そこには、数人の青年、少年が立っていた。
物静かそうな黒髪の青年、白い服に薄い水色がかった髪の少年、燃えるような赤髪の青年、真面目そうな青色の髪の青年、特に目を引いたのは、紫色の髪の青年だ。
全員息をのむほどの美形だった。
たぶん、この紫色の髪の青年が、雪姫の名前を呼んだ人物だろう。
もちろん、雪姫はこの人達と会ったことなどない。
だが、この人達は雪姫のことを……名前を、知っている。心夢と同じように。
そのことに、強い疑問を感じた。
「おい…?雪姫、いったいどうしたんだ?」
紫色の髪と翡翠色の瞳が印象的な青年が不安そうな声で雪姫に聞く。
その声音と、状況に既視感を覚えた。
(……雷召)
襲ってきた感覚に戸惑っていた雪姫の頭に一つの名前が閃く。
心夢の時と同じだから、たぶんこれがこの青年の名前なのだろう。
(あれ?……雷召って、夢に出た……。)
ふと、保健室で見た夢を思い出した。
雪姫は、もう一度目の前にいる雷召を見た。
(……やっぱり、同じ人だ。……相変わらず美形だな。)
自分の考えに確信を持った雪姫は、ずっと感じていた疑問をぶつけることにした。
「あの……雷召…さん?ここはどこなんですか?……それと、なんで私の名前知っているんですか?」
「……え?」
雪姫の疑問に、雷召達は「何を言われたかわからない。」という顔をしていた。
しばらく、沈黙が落ち……。
「……俺たちを覚えてない?」
どこか呆然とした様子で、雷召が呟いた。
「……うそ…だろ…」
他の青年たちも、そんなことを呟いて俯いた。
「……あの……雷召さん?」
あまりの落ち込み具合に雪姫は、思わず声をかけてしまった。
ふと、上げた雷召の顔を見て、一瞬呼吸が止まった。
声が出なかった。雷召の表情から汲み取れる感情は、混乱と悲しみ、苦しみ、それらは、とても強く、見ていて痛々しい程だった。
(……でも、それだけじゃない。)
なぜだか、ものすごく胸が痛くなるのだ。
この人達のこんな表情を見ていることが、胸が張り裂けそうになるくらい痛く、苦しい。
初めて会った人たちなのに……。
この人達がこんな顔をしていることが耐えられない。
それは、とても大切な人に向けるような激情だった。
「雪姫様、失礼します。」
スッと、心夢の手が頭に添えられた。
「…?……っ!」
耳鳴りが、した。
いや、耳鳴りだけじゃない。
心を掻き乱されて、暴かれているような……奇妙な感覚。
とても許容できない感覚だった。
耐えられなくなり、手を振り払おうとして体が動かないことに気が付いた。
(何、これ……。嫌!)
心の中で叫んだ瞬間、体温が急激に下がった気がした。
「……っ?!」
それから、その冷気が体の外に出ていくような感覚が襲い……。
―――パリン
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