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AM8:24
「中里」
私が苗字を呼ぶと癖毛の彼がこちらへ振り向いた。どこか気だるそうな、眠そうな目が私を捕らえる。
「芹沢」
彼に苗字を呼ばれて私は右手を挙げる。
中里はカーキ色の大きなリュックを背負っていた。ちょっと街へお買い物に来たという感じではない。
「どこに行くの?」
私の問いに彼は駅を指差した。
「東京」
漢字にすればたった二文字の返答は、私の胸の中にパーっと光を照らした。
「マジで? 私も東京に行くつもりなんだけど」
「……それでそんな荷物?」
彼は私の足元にあるボストンバックを見た。
「そう。何時のに乗るの?」
私は「何時の新幹線に乗るの?」という意味で聞いたつもりだった。富山から東京へ行くなら北陸新幹線だろうと当然のように思っていた。
「え。9時半のバス」
「バス?」
私の頭の中に「バス」という回答は用意していなかった。
「いや新幹線じゃ高いから? 4000円で行けるし」
「4000円!」
新幹線の半分ぐらいの値段だ。思わず私は金額を声に出してしまった。
「じゃ……私もバスに変えようかな。当日券あるかな?」
「え?」
「ねぇ! チケットってどうやって買うの? スマホでできる?」
「は?」
中里の回答を待たずに私はスマホのブラウザを開き、「富山 東京 バス」と打ち込み始めていた。思い立ったが吉日だ。
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