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「あ、またや。また抜け落ちてしまった」
「お母さん気づいて。お父さん、お兄ちゃん、誰か誰か気づいて」
ドーナツみたいな大きな輪の隙間から抜け落ちて、深い水底に吸い込まれる。
水面での賑やかな声は、パンパンに空気を詰め込んだ虹の模様の浮き輪と水しぶきと一緒に陽の光にキラキラして、痩せた私の身体だけがだんだんと暗い水中深くに飲み込まれる。
落ちて行く。
静かに、伸ばした手が掴む藁さえなく。
あの浮き輪はやっぱり私には大きすぎる。
陽の光と声がスローモーションみたいに遠ざかって行く。
キラキラ、キラキラ、綺麗やなぁ〜と見惚れてうっとりする。
すっかり空気を吐き出してしまった肺は縮こまり、酸素を求めて横隔膜は再び肺を膨らませようとする。そしてまた大量に水を飲んで、むせてむせて咳をする。へしゃげた肺は横隔膜ごと、裏返りそうなくらいに気管に入った水を追い出しにかかる。
「ゲホッ、ゲホッ、ガフッ、ゴフッゴフッ」
猛烈な咳で目が覚めた。
またいつもの夢。
ここは子ども部屋のベッドの中。なのに、息ができない。
嫌な汗が出て、背中をじっとりと冷やし、目の周りがカッと熱くなって視界がチカチカする。
「ガフッガフッガフッ、ゴフフッ」
足をバタつかせて、壁を蹴る。「お兄ちゃん、お母さん、お父さん助けて」必死で叫ぼうとしても、声にするには息が吐けないことにはどうにもならない。
夜は深く、二段ベッドの上で眠る兄の眠りも深い。
少しして、ドスン!と兄が上から降って来た。そのまま慌てて電気をつけ、ドアを開け階下の母を起こしに行く。「お母さん、りっちゃん喘息やー」
うっすらとその声を聞いて、私の意識は遠ざかって行った。
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