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とりあえず室内に入った俺たちは向かいあってソファーに座った。
蓮はまだどこか困惑していたが、次第に眼差しがきつくなっていき低い声で俺に言葉をかけた。
「……おまえがココに一体何のようだ?」
「書類を届けに来たんだ……。これは風紀案件だろう? ……それに今までホントにゴメンッ!!」
俺はガバッと音がつきそうなぐらいの勢いで頭を下げた。
「――ッ!? ハアッ…!?」
「生徒会の仕事を放棄していたことは本当に反省している! おまえにまで迷惑をかけていたことに気づかなくて本当に申し訳なかった……」
蓮の顔を見ることはかなわないが声だけで十分に驚愕していることが伝わってくる。
今までアイツの忠告を散々無視してきたんだ。
昨日の正気に戻る前にも俺は蓮から注意を受けて反発していた。
それが一転して急にこの態度だ。
俺でも一夜にして何があったんだと驚く。
「どうしたんだ急に……。頭でも打ったか?」
「いや、まあ打ったちゃ、打ったていうか……」
俺が顔を上げると、蓮はこちらを不信そうに見ていた。
正しくは正気に戻った後に打ったが、まあそういう事にしておこう。
「……実は昨日転んで頭を打ったんだ。そこから正気に戻ったっていうか。とにかく! 今までの俺とは違うんだ……!」
「それは転校生が来る前に戻った、ということか……?」
「ああ」
俺はできる限り真剣な目で見た。
親友の蓮に俺が変わったとわかって欲しいという思いもあるが、一番は風紀の力を借りたいからだ。
荒れてる学園を正すには風紀の力が必要だ。
その為には風紀と協力関係にならなければならない。
俺一人でやるよりも余程効果的だ。
そんな思いで蓮を見つめていると、蓮は急に顔をクシャッとし、その顔を隠すように顔を伏せ掌で覆い小さな声を震わせて「良かった……っ」、と言った。
「信じてくれるか……?」
「……ああ、今のお前には確かにあの頃ような理性がある。俺の言葉が届いていなかった時とは違い、熱にも浮かされていないようだしな」
俺はそんなに酷かったのだろうか。俺としては、太陽の言動が面白くて過剰にかまっていたがそれだけだ。これといって恋愛感情も持っていなかったが……。
俺が変な顔をしていたからだろう。蓮がこちらを怪訝そうに見た。
「何だ、何か言いたいことがあるなら言え」
「いや……、たいしたことじゃないんだが、……俺そんなに太陽を好きそうに見えたか?」
「自覚なかったのか……? 俺には十分転校生に夢中になってたように見えたが」
「……それはアレだ。太陽が突拍子も無いことをするから目が離せなかったんだ。大体、俺はノンケだ。お前も知ってるだろう?」
そう、そもそも俺は女の子が好きだ。太陽にかまってたのもLoveじゃなくてlikeの方で好きだったのだ。
「お前のあんな姿なんて初めて見たからな。とうとう、そっちにいったかと思っていたんだが……」
「――いやいやッ、俺 まだ女の子好きだからね……!?」
「わかった、わかった。ボソッ(この様子じゃアイツにもまだチャンスがありそうだな)」
なんか言ったか?
最後の方がよく聞き取れなかったが……。
蓮はしれっとしているし、聞き間違いか?
まあ、いいや。コイツに俺が変わったと、わかってもらえたしな。
「じゃあ、俺はそろそろ行くぞ。仕事もまだ残ってるしな」
「ん? ああ、わかった。頑張れよ」
俺は蓮の声を聞きながら軽い足取りで風紀室を出ていった。
************
大神 蓮は親友の蘭 聖也が出ていった扉をじっと見つめ、ソファーの背もたれに深く腰掛けながら安堵の息をついた。
大神にとって今日の出来事はまさに晴天の霹靂だった。聖也が来た当初はなんの用かと警戒していたが蓋を開けてみればなんてことなく、聖也はすっかり元に戻っていた。
転校生が来た頃は聖也の態度に驚いたが、人の恋路に首突っ込むことじゃないと放置していた。が、気づいたら仕事まで投げ出していて流石に看破できないと思って注意したが、その時はもう大神の言葉は届いていなかった。
そして、転校生が起こす騒動やそれに付随するもろもろを対処しているうちに、聖也との時間は取れなくなっていた。あったとしても短い時間では注意しかすることがなく、聖也とじっくり話す時間は持てなかった。
風紀室に缶詰めになっても、転校生たちの騒動は聞こえてきて、大神は歯がゆい思いをしながらもどうすることもできなかった。
だから、今日の聖也の変わりっぷりを見て驚いたが同時にとても安堵したのだ。
そんな風に大神が物思いにふけっていると、風紀室の扉が開いた。
「風紀副委員長サマが帰りましたヨ~。あれっ、大神しかいねーの?」
そんなふざけた調子で言ってきたのは、風紀副委員長である、来栖 暁斗だ。
来栖は機嫌良くフンフンと鼻歌しながら、風紀室の奥に併設されているキッチンスペースに行き、コーヒーを入れ始めた。
「なんかカップ置いたままだけど、コレそのままで良いのかー?」
来栖の声でそう言えば飲み物を入れようとした時に聖也の声がうるさかったのでそのまま放置していたことを思い出した。
「ああ、そのまま置いといてくれ。来客に対応していて忘れていた」
「フ~ン? ダレ来たのー?」
軽い調子で、来栖が声を掛けてきたのでこちらも軽い調子で言葉を返した。
「ああ、生徒会長が来ていた」
ガシャーーンンッッ!!
来栖の方からカップが割れる音がした。大神は肩を竦めながらも半ば予想していたので、動揺することなく来栖に声を掛けた。
「おーい、大丈夫か?」
「……エッ? ダッ、ダイジョブ、ダイジョブ……」
動揺しているのか、素っ頓狂な声でカップをカチャカチャと片付けながら言葉を返してきた。ただ、時折イテッと声がするので、動揺はまだ抜けていないようだ。
そして、来栖がこちらに顔を出して来て目をさ迷わせながらも気になるのか大神に声を掛けてきた。
「あ~っと、蘭なんの用で来たの?」
「……気になるか?」
大神はニヤッとしながら悪い顔になっているだろうなと自覚しながらも、勿体ぶった様子で聞き返した。
来栖は大神のそんな様子を見て、顔を引き攣らせた。
「エッ~? だってあの会長がなんの用で来たか誰だって気になるでしょ……?」
そう言いながらも、来栖は大神の言葉を慎重に待っているようだった。
フムと、大神は考えながらもどうするか思案した。別にこのまま言っても良いがそれだと面白くない。
だから、来栖には聖也が来たのは転校生関連だと教えた。別にウソは言っていない。転校生のことも少し話した。
だが、来栖は転校生と聞いて何を想像したのか、その整った顔を歪めながら不機嫌そうにフーンと反応を返した。
大神は笑いそうになるのを耐えながらも、来栖に次の見回りの指示を出した。
さあて、なんだか面白くなりそうだ。
大神はよく聖也に、真面目そうな見た目に反して結構良い性格してるよな、と言われた顔で愉快気に笑った。
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