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「──!! ──!」
何だ?
俺こと蘭 聖也は、温室の中にあるベンチで寝ぼけ眼をこすりながらも起き上がった。
「ふぁ〜、─ッチ、一体なんだようるさいなー」
普段なら気にも止めないがこの時の俺は何故か一回文句でも言わないと気がすまなかった。
声の方を頼りに俺は歩きだし、温室の外を出て裏手にある人気のない場所に向かった。
「──! ──でよ!」
声が段々大きくなってきた。甲高い声が耳に届く。
どうやらこの声の持ち主はこの曲がり角の方にいるらしい。
俺はイライラしながらも声をかけようと曲がり角の方に一歩踏み出した。
「おい、お前うるさ─」
「!! なんでお前なんかが生徒会の皆様の近くにいるわけ!? 転校生もアンタも身の程をわきまえなよ!」
俺は一歩踏み出した足を戻し壁の影に隠れた。
相手の声から聞こえた転校生という言葉が俺をそこに押しとどめたのだ。
転校生と聞いて脳裏に浮かぶのは、この春中途半端な時期に転校してきた一年の春馬 太陽が思い浮かんだ。
明るく天真爛漫で名前の通り太陽みたいな性格の生徒だ。
正義感が強く常識にとらわれない考え方は、いつも俺の予想を越えていく。
そんな彼に俺は目が離せなかった。
相手に気づかれないように俺はそっと壁から身を乗り出す。
どうやら全部で五人いるようで一人を残りの四人が囲って罵っていた。
罵られている相手をよくよく見てみるとそいつに見覚えがあることに気づいた。
名前は忘れたが太陽の友達の一人だと記憶している。
いつも太陽の側にいるやつだ。
どうやら親衛隊に絡まれてるらしい。
そいつはうつむいていて顔を確認することができなかったが、握りしめた拳が震えている様子がそいつの心情を表しているようだ。
俺は面倒な場面に出くわしたと思いながら内心舌打ちした。
親衛隊関係は面倒なことにしかならないことを今までの経験から知っている。
「ちょっと! ちゃんと聞いてんの!? とにかくアンタたちは目障りなの! もう生徒会の皆様につきまとわないで!」
「……別に俺はつきまとってなんか」
「ハアッ!? 嘘言わないでよ! じゃあどうしていつも一緒にいるの! どうせ転校生を利用して皆様に取り入ってるんでしょう!」
どうやらアイツが俺たちにつきまとっているのを親衛隊は非難しているようだ。
よくあるやつだ。俺たちに近づいてくるやつを親衛隊が排除する。
過激派なんかは制裁を躊躇なくやる。
今日のやつは忠告だけにとどまっているがアイツが俺たちに近づくのを止めない限りいつかは制裁に移行するだろう。
「……?」
そこで俺は違和感を覚えた。
何かが噛み合わないような。
モヤモヤする。
どこか俺の認識とズレてる気がする。
俺は眉間にシワを寄せて考え込んだ。
何だ? 何がおかしいんだ?
「とにかく今度つきまとったら問答無用で制裁するからね! ホント皆様に近づくなんて図々しい!」
……近づく。
あれ、アイツが単体で近づいてきたことなんてあったっけ?
「気安く皆様に話しかけないでよ!」
……話しかける。
話しかけられたことなんてあったか?
「あの転校生と一緒にヘラヘラして、ホントッ、ムカツク!!」
……ヘラヘラ。
いや、アイツいつも無表情だった気が……。
そこで連鎖的に思い出す。
太陽と一緒に近づいてくる場面。
太陽がアイツの手首をガッシリ握って近づいてきた……。
太陽が笑って俺たちに話しかける。
アイツは一言も話さず始終俯いていた……。
──ヒュー……
あれっ、いつも太陽が無理やりつれてきた場面しか思い浮かばないような気が──。
──ガンッッ!!!
俺の顔の近くにどこからか飛んできた野球ボールがスレスレで壁に打ち付けられた。
驚き、そしてその瞬間、俺の脳がクリアになるような感覚がした。
違和感の正体もつかめ、脳が急速に動き出す。
太陽やアイツの言動。
周りのアイツらに対する態度。
今の学園を取り巻く負の空気。
風紀の勧告。
客観的に弾き出した答えに俺は──。
足が思わず前に出た。
何がしたいのか自分でもわからないけど、焦りを胸に抱きながら俺は一歩踏み出し──
──ゴンッ!!
……こけた。
しかも頭を打ったようで急速に前が霞んで見えなくなっていく。
最後に見たのはこちらを驚きながらも見る一対の目。
俺の脳裏に浮かぶのは今の学園の状況。
俺の心情を正しく表すならそれは──
……俺つんでね?
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