殺人を愛する君たちへ

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「言葉の暴力」 臨時の非常勤講師は、黒板の左端にあまり大きくはない字でこう書くと、早々にチョークを置いた。記憶が正しければこの授業は「アメリカ文化論」であったはずだが、まぁ特に問題は無い。最初に出席を取ってくれたし、質問を投げかけるタイプの奴だったとしても僕の席はあまりに後ろだ。早めに授業を終わらせてくれたら尚嬉しい。シラバスでレポート4割出席6割となっている神授業だ。問題を起こさず出席点を確実にとり単位を頂いていこう。山下誠はスマホの充電が残り40パーセントになっていることを確認すると、画面の明るさを下げきって90分を耐える為の漫画探しの旅に出た。 「太田教授がご病気で急遽お休みということで、今週と来週は代理で私内村が担当させていただきます。皆さん身構えなくて大丈夫ですよ。騒がしくしない、代弁はしない、これだけ守っていただければ多少遅れてきても出席を認めますから」 "こいつはいける" 誠は確信した。出席を簡単にくれる教授は生徒たちの目にとたんに魅力的に映る。その少しふくよかなボディも気持ち短い足もとても愛くるしい。まったく、細身でスラリと足が長い体型が好まれる風潮はまやかしに過ぎない。青いロボットは2頭身で一体何年愛され続けていると思っているのだ。人間界も3頭身の時代だ。暇なときに購買で内村キーホルダーを売り出してみよう。 「いやー、それにしても」 と仕切り直し、内村は教卓の前に移動して講義を始めた。 「誰がこんな単語を作ったんでしょうね。 きっとこの人にとっての暴力はとても恐ろしいもので、もしかしたら日常的なものだったのかもしれませんね。 皆さんにとって「暴力」とはどのようなものでしょうかね。 日常的に暴力を奮われている方、毎日暴力によって自分の地位を保っている方、幼いときにみた暴力的なシーンを忘れられない方、 各々に自分なりの「暴力」を持っていらっしゃると思いますが、残念ながらこの国の大半の方は暴力が近くに無いんですよね。 それはとても良い事だと思いますか、そうですとても素晴らしいことです。 だからこそこの国では「言葉の暴力」なんて言葉作らない方が良かったんですよ」 軽く耳を傾けていたがどうやら今のところアメリカ文化らしい話は出ていないようだ。最後に感想を求められた時のために本題に入ったら数単語はメモしておくべきである。2年目にしてようやく身につけた秘技である。誠は一度漫画を閉じてLIMEを開いた。いつもの4人組のグループチャットを開き、 「内村楽単説だいぶある」 とだけ打ってまた漫画に戻った。この巨大な組織では凄惨な情報戦を勝ち抜かねば生きていけない。仲間は3人から4人見つけておくといい。少ないと見逃す情報が多すぎるが、大人数いると貴重な情報がありふれた常識へと変わってしまう。いやまぁそんなに友達ができなかっただけといえばそれまでなんですけど僕にしては頑張った方なんだ。3人も友達ができたんだ褒めておくれよ。 内村は授業の方向性が見えずにポカンとしている生徒たちをみて少し照れたように頭をかいた。 「なんの授業かって話ですよね。 本日はアメリカ文化の中でも負の遺産と呼ばれる時代の文化を皆さんにご紹介していきたいと思います。 皆さま、不気味な果実とはご存知でしょうかね」 内村は中央にスクリーンを下ろして左に避けた。 内村が朗らかな顔を崩さずに何事も無かったかのようにスクリーンに映したものは、予想を超えるものであった。 少なくとも僕はビビった、読んでる途中の漫画を閉じてアプリを飛ばしてしまうくらいにはビビった。恐らくもう今日の講義中は読み直さないであろうと悟った。 そこには3人の人間が木から首を吊っている写真が映されていた。 3人は全員肌が黒い、ネイティブ・アメリカンの男性であった。 だが問題はそこではない。 その首を吊っている男性の周りを大勢の白人が囲んでる。それはもう楽しそうに囲んでいる。 「ちょっと衝撃的でしたかね。入学したての1年生の方もいるんですかね。安心してください全ての授業がこんなんじゃないですから。 皆さんアメリカの負の遺産とも言われる黒人差別については高校とかでもちょっと学んでますかね。この写真と似たようなものが資料集で載っていたりするんですかね。 この問題は何も昔の問題ではなく今なお続いているのですが、 あ、これ言葉の暴力について説明したあとですから差別を苦に思い自殺した方かと思いましたかね。あ、この写真は当時を再現した映画の1部ですがね、 これは吊られたんですよ。周りで笑っている人の中に少し疲れた表情した人何人かいますでしょう、男性の方々。 この人たちがね、吊ったんですよ。 はいそれでは本格的に講義始めていきましょうかね。 この授業はアメリカの負の遺産を学びながら皆様に「暴力」について考えていただきたいと思います。」
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