エッセイ「知らない場所へ」

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エッセイ「知らない場所へ」

 普段行く歯医者の待合室は、その日に限って混んでいた。  ひとつだけ空いていた椅子に座って待っていると、歯科衛生士さんがやって来た。 「小梅さん、今日のクリーニングは別院の方で行います」  どうやら、患者が多いので私の施術は別院の小児科で行うそうだ。  この歯医者に小児科の別院があるのは知っていたけれど、行くのは初めてだった。さらに中に入るなんて初めてだ。  案内されて、道路を挟んで向かい側に立つ別院に向かった。  扉を開けて待合室に入ったとき、まず壁の明るいブルーが目に入った。  そこにはたくさんの子供向けのおもちゃ、ペンギンの大きなぬいぐるみ、絵本、厚いブルーのマットのキッズスペースに、壁には何種類もの魚の絵が描いてあった。  水族館をイメージして作られた待合室の半分ほどが小さな子供向けの遊び場になっていた。 (保育園か、幼稚園みたいだ。一般患者の部屋とはまるで違う)  まぶしい光をみたかのように、私の足が止まった。  私には子供がおらず、子育ての経験がない。だから、今どきの子供の世界をほとんど知らない。  待合室には白と青のボールが敷き詰められたボールプールに、黄色い滑り台まである。  部屋に子供はいないのに、にぎやかさが伝わってくるようで、空気感に圧倒された。 (何だか癒されるなあ。これからも一般向けではなく、こっち側に来てみたい……)  胸がどきどきする。  さらに、診察室に入って歯のクリーニングが始まったとき。 「椅子を倒しますね」   歯科衛生士さんが私の座った椅子を倒すと、天井が見える。  そこにもシュモクザメの絵が描いてあった。  シュモクザメは笑顔で、私を見ていた。 ──────────────────── テーマは「知らない場所へ」 この小児科はまた行ってみたいです。
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