カホコさんの空中ていえん

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 そこには光が溢れていた。  ガラス扉と外側の重々しい金属の扉が開け放され、その向こうの空間には、初夏の太陽に包まれた庭園があった。  屋上から伸びていた薔薇の枝だけではない。  赤、白、紫、薄緑、濃いピンク。様々な形、大きさの薔薇が、寄り添うように、あるいは絨緞のように咲き乱れ、そのどれもが多分、しっかりと色味と場所が考えられて配置されていた。  彼女が想像したとおりのアーチのトレリスもあって、白い可憐なつるバラが見事に巻き付いている。  芝生の間には煉瓦の小道が伸び、庭園の向こうには高層ビル群が、どこか幻のようにそそり立っていた。 「すごい! 秘密の薔薇園だ」 「『空中ていえん』よ」  振り返ると、薔薇の間に先ほどの老婦人が微笑みながら立っていた。 「ほら」  彼女が指差したところに、ペンキで塗った水色の小さな看板があった。  その看板には、子供の赤い文字で、こう書かれている。 <カホコさんの空中ていえん> 「孫が作ってくれたの。まだ小さい頃にね。カホコさんというのは私。最初、孫は『おばあちゃんの空中ていえん』と書こうとしたんだけど、私はあなたのおばあちゃんだけど、ほかの人のおばあちゃんじゃないからって、名前にしてもらったの。やっぱり見知らぬ人におばあちゃんって呼ばれるの、嫌ですもの」  カホコさんは、彼女に笑いかけた。  素敵な笑顔だった。笑いかけられたほうも温かくなるような。 「あっ、お招き、ありがとうございます」  彼女は慌てて、彼女にぺこりと頭を下げる。 「どうぞ。お茶とケーキの用意もしてあるわ」 「え……」  お茶とケーキ。  となると、しばらく時間がかかるかもしれない。  彼女は戸惑う。一応デートの途中で、彼氏を外で待たせたままという状況なのだ。 「ああ、彼氏さんのこと? 心配なのね。でも……」  カホコさんは困ったような顔をして、屋上庭園の端まで歩き、下を指差した。  そこは、さっきカホコさんが彼女を手招きした場所、つまり彼女がいつも下から見上げていた場所だった。  薄紅と黄色の薔薇の枝が直線に並んだ瓦を超え、外に向かって長く伸びている。  もちろん薔薇たちはプランターでも植木鉢でもなく、屋上に厚く盛られた土の層に根を張っていた。  そこから彼女は下を覗いてみる。  彼はどこにもいない。  見知らぬ通行人たちが、屋上からの彼女たちの視線に気づきもせずに通り過ぎていく。 「彼氏さん、行っちゃったわよ。あなたがこのビルに入って、すぐにね」  カホコさんが言った。
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