手袋越しの熱

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「お前、まだそれ持ってたんか」 ただでさえ小皺が増えてきたというのに、眉間の皺を迷路のようにして仁志がこちらを見つめている。 「理子が久しぶりに帰ってくるんですもの。アルバムやらお手紙やら見返してたら出てきてね。それにしても夏からずっと会えてないんだものもう楽しみで楽しみで待ちきれないわ!」 美沙子の周りには娘の理子のアルバムが散らばっていた。ご丁寧に産まれた頃から高校生までの全てを奥から出してきて、一体誰が片付けるのか。アルバムの山の上にぽつんと、少し黄ばんだ白色の革手袋が乗っかっていた。 「理子が幼稚園のときに拾ってプレゼントしたんだっけか?」 「そうよ、公園で拾ってきちゃって。あまりにキラキラした目で誕生日おめでとうって言うもんだから私叱ることもできなくて。なんかね、捨てれなくてね。」 少し決まりが悪そうに笑うと美沙子は手袋をカーディガンのポケットに押し込んだ。 ガチャ ガチャガチャ 「お、帰ってきたんでねえか?」 ドドドド 「ただいまー!!」 「ちっちゃい子が長いコート着てっとなんだか魔法使いみたいだなあ」 「理子!寒かったでしょ!ほらストーブの前行きなさい!」 美沙子は娘がひいてきたキャリーバッグを受け取り素早く車輪を拭いて居間に持っていくと、玄関からの廊下を雑巾とホーム用洗剤で掃除した。 「おい理子大学生活どうなんだ?楽しいんか?今回いつまでいるんか?」 「お父さん!理子は明日朝早いんですから!ほらキャリーバッグの中身出してあげて!理子は先お風呂入んなさい!」 「えーもうちょっと休んでからー」 「さっきまでお前が1番楽しみにしてたろうが」 母の顔になった美沙子はもう止められない。二人とも文句を言いながら渋々行動に移った。 北海道の冬は厳しいが、どこの家も建物も暖房を焚きに焚いているので寒いと思う時間は案外短い。ろくに雪がはらわれていない理子のコートはもうびちゃびちゃだ。 美沙子は娘のコートをストーブの前に干しリセッチュをかけ、玄関に履き捨てられたブーツもストーブの前に持ってきて新聞紙を中に詰めた。 美沙子は明日の着替え入れ用に大きいバッグを棚から引き出してきた。 「明日んか?」 「そうよ明日は早いから今用意しといてあげないと」 「早いなあ、あいつももう成人式かい」 「誕生日はもう先月に来てるけどね」 明日は成人式の着付けの為に早朝に家を出なければいけない。一人暮らしをする千葉から飛行機に乗って疲れているに違いない、早く寝かせてあげなければ。 美沙子はしばらく使っていない理子の部屋に布団を敷きに行こうと2階に上がった。 ああ、この部屋は本当に沢山の思い出もある。全てが綺麗なものとは言えないのかもしれないけれど。 「ままー、私のスリッパどこー」 お風呂を上がり理子が美沙子を探して2階にあがってきた 「待って今出すわ!」 美沙子が部屋を出ようとする前に理子が部屋に入った。 「あれ、それって……」 理子がカーディガンからはみ出した手袋に気づくと、美沙子は咄嗟に押し込んだ。 理子は不自然に膨らんだカーディガンのポケットをじっと見つめながらぽつんと呟いた。その瞳は母に似て茶色く透き通っていて、ずっと遠くを見つめているようにも思えた。 「まま、私さ、私嘘ついてた」 「私本当は覚えてるよ、その手袋、なんであげたのか」 美沙子の驚いた声は音を乗せず、空気が多少の勢いをもって空気中に出ていった。 「あ、まま、ごめん、ごめん!そんな驚かない美沙子はで、私、別に怒ってる訳じゃないの!」 慌てて両手をぶんぶんと振っている姿はあどけなさを残している。成人式を迎える娘がまだ自分の手の中にいるようで妙に安心した。 美沙子は息を吐ききって動機を少し落ち着かせると、力が入りきらない弱々しい声で、だけど優しい声で話しかけた。 「そうなのね、覚えていたのね。」 心配そうに覗き込む理子に安心させるように、さらに優しく続けた。 「あなたがそれなんだっけと言ったときとても安心した。確かにまだ小さかったし。あのとき捨てちゃえばよかったのよね。 けど捨てられなかったのよ。 私はこれのおかげで…… ここまで黙っててくれたのね」 「まま、あのね、私ままの娘でよかったよ 恥ずかしいなぁーちょっともう下行ってるからね!」 恥ずかしさを笑いに変えてへへっと誤魔化すと、理子は部屋を出てドタドタと階段をかけ下がって行った。
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