手袋越しの熱

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美沙子の知る母親は皆子どものことが可愛い可愛いと抱きしめていた。 生きていくために段々と低くしていったはずの壁を、母親という生き物に変わった瞬間に首が痛くなるほど見上げていることに気づいた。 可愛ければ抱きしめてあげなければいけないのだろうか。 愛情表現とは身体の触れ合いが無ければいけないものなのであろうか。 差別なく分け隔てなく存在する愛というものを私は授かることはできないのだろうか。この子に教えてあげることはできないのか。 愛とは、一体どれ程汚いものなのだろう。 美沙子は、自分が愛を所有することが許されない人間だとしても、理子だけはとめどない愛を受け止められる人間になって欲しいと思った。 どうにかして、綺麗な透き通った愛情で満たしてあげたい。 理子に気づかれないように、抱きしめる時はバスタオルで包んで抱き込んだ。 頭を撫でるときも櫛でとかしたりハンカチで拭うように、なんとかなんとか誤魔化した。 直接ではなくても、何かがこの愛を流し込んでくれるのではないかと期待した。 しかし頭のいい理子は気づいていた。 「まま、これ、つかって、 これでなでなでできるね!」 理子は、美沙子が避けていた手袋を持ってきた。 洗い物の時に使うこのビニール手袋はある。しかし、手袋で子に接する。この意味をこの子が将来知ったらどう思うだろうか。 なんとか幼稚園に通う今を耐え抜けば終わりだ。接触を望んでくれるのは今だけだ。 だがまさに今、理子は、手袋越しでも、私の手で触れてもらうことを望んでいる。 美沙子は手袋を桶の中に沈めると洗剤を入れて浸け置いた。 「理子、一緒にお風呂入ろっか!」 「もうおふろー?」 「理子、ままね、まま、お風呂入ったあと、理子とたくさんぎゅーってしたい!」 美沙子はなんとか涙は堪え笑ったが、声はどうしようもなく震えていた。 「おふろはいるー!」 本当はお風呂に入ったあとも山ほどの懸念がある。あれもこれも消毒したい。 しかし今日は誕生日だということでいつもより念入りに掃除をして全て除菌済みだ。今日なら、理子を抱きしめてあげられる、そう思った。 お風呂に入り、私は1つ理子にお話をした。 私は、普通の母親ではない。 普通の子育ては、できない。 普通の子育てでこの子を幸せには、できない。 理子に触れることが出来なくなって2ヶ月、 私なりに色々考えた。 この道が、この子を苦しめてしまう日が来るかもしれない。 しかし今日覚悟が決まった。 この子が今1番望む道を進もう。
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